ノックして中に入ると、ファイルを片手に巧と社長が睨んでいた。

飲み会が大好きな社長のスケジュール管理は確かに難しい。

「ああ。ランチなら先に行っててくれ」
「分かった。じゃあ、お弁当とこて渡しておくね」

桃色の薔薇を巧の胸ポケットに入れて部屋を出ようとすると、また森元さんが関係ないくせに閉めている途中のドアに顔を差しこむ。

「あの、ピンクの薔薇の花ことばは『子を授かりました』です!」

「ぷぷ」

パタンと閉まったドアの向こうで、巧がどんな顔をしているか想像できず思わず笑ってしまった。
一体どうするやら。

すると、一瞬で扉が開かれ、逃げ足の速い森元さんは秘書室へ逃げ帰った。

「本当か?」

驚いて目を見開く巧の表情は、全く無い。

「そー。ちょうど一カ月。やっと新居が片付いた時ぐらいのタイミングだね」

生々しいと怒られるかと思ったけれど、そのまま巧が恐る恐る私を抱きしめた。

「……まじかよ。ありがとう」

一番最初にその言葉が聞けた。それだけで嬉しいと私も頬が緩む。

誰かが来るかもしれない、オフィス最上階の廊下のど真ん中で、私と巧は抱き合って小さな命の誕生を喜んだのだった。

【完】