「愛梨……愛梨っ」


今にもデスクで、眠りに落ちそうな私の前の席から、翼の声がした。

ハッとして顔を上げると、翼の持つスマホが震えて正午を知らせた。


「ねぇ、天辺でランチしよ」


「……うん」


本当は、公園前のカフェでオムライス食べたかったんだけどな。

それ以上に、翔に会いたくない。

……あ、そっか。

今日の天辺ランチは、翼が先月から楽しみにしてた、月一のミステリーランチだ。

仕方ない、どうかどうか会いませんように。


「行こう」


オムライスを諦めてドアに向かい、開けて振り返ると、翼はまだ呑気に手鏡を持って髪をとかしていた。


「ほんとは、外行きたいんでしょ? 週末また翔君に可愛がられた?」


苛められた? の間違いでしょ……。

一緒に帰国して半年経つけど、日本語の言い回し忘れてない?

ていうか鋭すぎ。


「ったく奴は、いまだに小学生の好きな娘苛めレベル。今度は、何された? 私が、蹴り入れてやる。……言いたくないくらい低能か。ラジャー! いってらっしゃい」


「……ありがとう」


さすが翼。
もう十年近い付き合いの翼は、何も言わなくても大抵のことは、お見通し。
翼は、単に私が素直すぎるだけって言うけれど、それは唯一、翼だけが信頼できる友達だから。
翼は、私と同い年で栗色のショートボブが似合う明るくサバサバした性格。
巷では、人気上昇中のモデルさん。
そんな彼女は、私の両親の大のお気に入りで、
この超高層ビル二十五階にあるモデル事務所も、父が翼の為に設立した事務所なの。
既に他界された御両親と大親友だったから、翼と翼の兄・翔輝君を、我が子のように可愛いがっている。
そして私は、事務を主として翼をフォローするのが仕事である。
翼に太陽のような笑顔で見送られた私は、感謝しながら手を振り、笑顔でオフィスを後にした。