あれから3時間ばかり経った。


誰も部屋の扉を開ける気配はない。
ただ、アメピンの作業の音が、かちゃり、かちゃり、と聞こえるだけである。


いつの間にか、いつも着ている、もはやトレードマークになりつつある渋めの赤のパーカーを羽織っていた。


「…アメピンさん」


「は?…え、私ですか?」


「そう」




「私は桜井ですが」


「ふーん…で、アメピンさん」


「桜井とは呼んでくれないんですね」


「母さんたちは…意識はあるんですか?」


「…ええ」


すこし強張ったような顔をしていた。


ごめんね、桜井さん。


「聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


「メドゥーサは…Medoūsaは、どんな病気なんですか?」


あの時の桜井さんの顔が、牛乳の膜みたいに心に張り付いたままだ。




「…ひとを、ひとでなくするびょうきです」






「…え」


「発症から意識があって4時間経つと手が触手になります」


何それ。


ファンタジーでもありえない。


「…でも、湊は」



「彼は、もう20時間ほど経ったので自分の意思である程度は手と触手を制御できます」


さっき湊の手があったシーツを眺めた。


なんとなく、撫でようかと思ったが、ぴく、と体は正直で、撫でるのはやめた。







「原因は、おそらくあなたです」






「…え」




時が、止まるかと思った。

枕元のプーさんの時計が、場違いな音を刻む。


「なんでかはわからないんです」



ああ、そんなこと考えもしなかったな。

ところで、さっきから冷房が強い気がするんだけども。


私はパーカーから出ている指先を袖口に詰め込んだ。


やっぱり私と湊は双子らしく、袖を伸ばしてしまう癖があるらしい。
今まで気づいていなかったけど。
ふふふ、と張り付いた喉をフル活用した。


「今のところ感染者は500名弱です」


なんだ、

たったの500人か。


数の感覚なんてとっくに壊れてしまっていた。




「あなたが発症するかは分かりません」






そんなことはどうでもよかった。



「桜井さんは…」


「…私は運ばれてきた時の担当でしたから、手早く感染しました」


手早く、ってなんだそれ。
はは、と乾いた笑みが漏れた。


「御武運を」


そう言って彼女は病室を出て行った。



私のサバイバルゲームの始まりだった。