電話口のお母さんはとても焦っていた。


「行き違いがあって山田精機に納品差し替えなの。結衣子が夏休みで助かった!すぐ会社の方来て!」


まくしたてるように言われるがまま、とりあえず着替えて父の経営する小さな会社に向かった。バイト先とは違い、運良く今まで生き延びてる零細企業。



地図アプリで場所を確認してから、急かされて私もすっかり慌てた気分で出発する。自転車は久しぶりだからか、ペダルが重い。


山田精機までは自転車で十五分程と遠くはないけれど、行政区が変わるから友達もいなくて、ほぼ行くことがない地域だ。


昔ながらの工業地域で、最近はどんどんマンションに建て替わっているとお父さんが前に言っていた。



JRの古い高架をくぐって角を2回曲がったあたりで見覚えが全くなくておかしい気がしてくる。


よし、自力は諦めてスマホ頼みだと取り出すと、まさかの電池切れだった。昨日夜中まで使ってて充電し忘れてた。



しかたないな、誰かに聞こうかと漕ぎ出すと、やっぱりペダルが重くて進まない。


いったん停めて横から見たら後輪がぺちゃんこに潰れていた。


パンク? なんでこんなに間が悪いの。急いでるんだけど!怒りに任せて蹴っ飛ばした。


ガチャーン!


思った以上に派手な音を立ててガードレールにひっかかる。やりすぎちゃった。


「なにやってんの?」


突然後ろからかけられた低い声にビクッとする。


「パンクしてるよ。自転車屋、すぐそこにあるけど知ってる?」


すぐそこ?


ばっと振り返ると、思ったより若い男の人がびっくりしたような顔をしたあと、「ついてきて」とふわっと微笑んで歩き始めた。