一つは、同じ日に見に行った人達でも、見た映画の内容が異なる事。

「きっと沙織と僕が見た内容は違うと思う。僕が見たのはどう見てもアマチュア作りの恋愛映画だったから」

 それは美奈も同意見だった。

 沙織は『怖くない』と言っていたが、恋愛映画はそもそも『怖い』はずがないのだから。


 そしてもう一つは、空いていた席にいつの間にか“誰か”が座っていて、映画が終わると同時にいなくなっていること。

 美奈と圭は顔を見合わせた。


「私、見たのかもしれない」

「僕は、ドアの開け閉めしか聞いてないけど」


 上映中、圭は背後にドアなどないと知っていながらも開閉する音に悩んでいたが、美奈はしっかりと横の通路を通り、尚且つ座席に座る人影を見ていた。

 微かに震え始めた美奈の手を、圭は何気なく握り返す。


 彼にとっては不思議な現象でも、美奈にとっては恐怖体験になったようだ。



「なぁ?」

「は、はい?」

「君は、着物姿の人、見たかい?」

「着物……?」

「藤色の着物で、なんて模様かしらないけど、綺麗な柄の着物を着た白髪の女性」


 美奈は先程の事を思い出した。


 映画館を出ようとした時にガラスの扉に映ったもの。

 それは確かに留め袖姿の女性の影だった。

 どこか懐かしい気がして思わず立ち止まりかけたソレは、祖母がよく着ていた着物にとても似ていた。


「……君の知り合いに、そんな人、いる?」

「え? あ。うん。よくおばあちゃんが、そんな着物着てたけど……」

「泣き黒子ある?」

「え? 泣き……?」


 圭の指が、スッと美奈の右頬の上を掠める。


「ここらへんに黒子」

「あ……あった、と思う……けど?」


 あたふたと美奈は顔を赤らめたが、圭はそんな彼女を見て何故かますます難しい顔をした。


「な、何ですか」

「いや……まぁ、うん。何て言うか……」

「……だから、何ですか?」


 圭は一瞬視線をそらして、それから小さく溜め息をつく。


「なんか、宜しくお願いしますって言われた」


 その言葉に、美奈の表情が空白になった。