ともかく無視するわけもいかないと思い、男は「こんばんわ」と会釈した。



 しかし中年女性は男を凝視したまま黙っていた。



 アホくさ。さっさと行くべ。



 男は顔を逸らして最後の一段に足を踏み出した。




「あなた、誰?」




 その瞬間、中年女性は男にそう問い掛けてきた。



 男は歩みを止めて、気持ち悪さを覚えつつも口を開いた。




「はぃ?いや、ここに住んでいる者ですが」




 するとすかさず「何号室?」と女はまた問い掛けてきた。




「いや、二階に住んでますよ」



「何号室?」




 男は面倒になり、208号室、と答えた。



 この個人情報保護の時代に・・気持ち悪ぃな。



 そのまま立ち去ろうとすると中年女性はまた問い掛けてきた。




「あのスーツ姿の人がいる部屋?」



「・・はぁ・・さぁ前にいた人が誰かは知りませんが」