金木犀のエチュード──あなたしか見えない

続けて岩舘さんは「街頭演奏を始めた頃はひどいものだったがな」と笑った。

「岩舘さん。あの……詩月くん、手は?  指は大丈夫なんですか」

「あ~、生徒会長がバラしたんだろ。あの指使いだからな。痛みや腫れを騙し騙し弾いているが、かなり深刻。練習時間の半減、指使いの矯正が命令」

「コンクールが迫っているのに……」

「コンクールよりも指が、演奏家生命が大事だろ」

岩舘さんの穏やかだった顔と声が険しくなった。

「詩月は腱鞘炎で演奏家生命を断たれたおふくろさんをずっと観ているんだ。アイツは弾けなくなる辛さを知っているから、練習時間の制限を受け入れたんだ」

ああ、そうだった──と納得した。

詩月くんは腱鞘炎のお母さんを間近に観ながらピアノもヴァイオリンも弾いてきたんだと。

「それに詩月は痛みや炎症を鎮める飲み薬も塗り薬も、体に負担をかける成分が含まれていない極弱いヤツしかダメでな」