金木犀のエチュード──あなたしか見えない

志津子がそっと耳打ちをした。

放課後、正門前で音楽科の女子たちが後ろ向きになり、女神像に向かってコインを投げていた。

「あの子たち、何をしているの?」

「ああ、あれはね。ヴァイオリンロマンスという伝説の儀式でね……」

志津子は儀式の内容と伝説を詳しく話してくれた。

志津子が話し終えた時、裏門側から見覚えのある学生が歩いて来て、わたしの姿を見るなり立ち止まった。

「よう、また会ったな。詩月とは話せたか?」

彼が詩月くんの主治医の弟で岩舘理久だと云うことは、志津子から聞いた。

「あいつ、先週から街頭演奏してないだろ。それに白いネコのことを調べているみたいでさ」

「白いネコ……チャイコフスキーを聴くネコのことかしら」

「そうそう、モルダウに出入りしているネコ」

志津子に大きく相槌を打ち、岩舘さんは「莫迦だよな」と苦笑した。