金木犀のエチュード──あなたしか見えない

へぇ~と答えたが、音楽に携わる仕事をしているということをなんとなく理解した。

「『革命のエチュード』なんて比べものにならないくらいの難曲なのに……16分音符の連続や、左手の同音連打や十二度の和音、最後まで弾き通せるかどうかも難しいわ」

志津子の頬がピクピクと動いた。

「周桜宗月のショパンを完コピーするという噂、本当なのかも」

「はあ!? ……」

頭の中を整理できない。

わたしは十数秒間、口をポカンと開けたままだった。

聞かなかったことにし、ラ・カンパネッラに集中する。

鐘、鐘、鐘、超高速で奏でられる高音は、凄まじい鐘の澄んだ音色だ。

神々しいまでの鐘の響きに心が洗われていくようだ。

雑念を全く感じない美しい鐘の音に酔いしれる。

教会の聖母マリア像が両手を広げ、満面の笑みを讃えている姿が思い浮かんだ。