「千住さん、周桜くんの演奏聴きにいきましょうよ。今日は」

「山下公園だと思うわ。今日は天気もいいし。永山さん、千住さんは堅苦しいわ。『小百合』でいいわよ。あなたのことも『志津子』と呼ぶわ」

志津子はポカンと口を開けたまま、頷いた。

「内部受験の課題曲、ラフマニノフのヴォカリーズやヴァイオリンコンクールの予選課題曲メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が聴けたらいいんだけど」

気を取り直したように言う。

「ん? 彼、内部受験なんだ。留学はしないの?」

「あ――彼、去年の秋に破格条件の留学を辞退しているのよ。体調不良を理由に」

「えっ」

「あなた、転校してきて間もないから知らないかもしれないけど、周桜くんは体がスゴく弱いから体育はいつも見学だし、登下校もお母さんが毎日送迎しているのよ」