「うえ?ん?おお!?」
 入念に役作りを脳内で構築していたばかりに、予想外のハプニングに対処をしあぐねる。
 なぜこうも今日はエルフに会うというのだ。
 しかし、眼前にいるのは純然としたエルフであり、そのことに疑いはなかった。
 つややかな銀髪を惜しげもなく腰まで垂らし、碧眼の瞳は不安に満ちていた。
 身を包む純白のローブには金の刺繍が施されており、まるで貴族の娘のような高貴さを醸していたが、鋭利に伸びた長い耳を見るとそれが人間ではないということを認識させられる。
 その美しい容姿は俺を危うい境地へと誘うが、辛うじて理性がそれを止める。
 さて、こいつは金になる。闇で取引されているこの手のエルフは先程の成体の3倍の値が張る。歩く宝石レベルだ。
 だがあいにく、俺のリュックは成体の肉で一杯だ。とてもじゃないが、もう一体仕留めて持ち運ぶのは無理がある。
 くそ、しかしここで逃がしてしまうのはあまりに惜しい。
 どうするか……!待てよ、持ち運ぶのが無理なら、持ち運んでもらえばいいじゃないか!こいつに自ら歩いてもらえば問題解決だ。
 俺は自らの閃きに思わず高揚してしまった。そうと決まればさっそく警戒を解きにかかる。
「っと、なんだよ、びっくりさせないでくれ、こんなところでどうしたんだい?狼でも出たかと思ったよ」
 俺はおどけた調子で話しかける。エルフ語はそこまで流暢ではないが、話せないわけではない。意味は伝わっているはずだ。
「こないで!」
 少女は大木を盾にすると、裏から声を張り上げる。可愛らしい声で、それでも精いっぱい威嚇していると思うと、……なんか和む。
「そんなこと言わないでくれよ、俺は取って食ったりなんてしないぜ?」
 そう言って、俺は自分が敵ではないことを伝えるために、弓矢を放り捨てた。
「で、でも、人間には近づいちゃダメだって、パパとママが」
「そうか、でも人間も悪いやつばかりじゃないんだ。俺は君の味方だよ、安心して。それに俺はエルフに命を救われたこともあるんだ」
 不安げにこちらを覗くこの子に、俺は優し気な口調でそう諭すと、にっこりと笑顔を見せた。
「あう・・・・・・えと」
「だから、俺はエルフに恩返しをしたいとさえ思ってるんだ、大丈夫、こっちにおいで」
 しどろもどろな彼女の惑いを断つように、俺はゆっくりと手を差し伸べる。
 するとようやく彼女は恐る恐る、差し出されたての小指を軽くつまむと、ひょっこりと姿を現した。
「俺の名はレイ・フリークス。レイって呼んでくれ。君の名は?」
「……リリア」
 彼女はそうポツリとつぶやいた。まだ完全に信用されているわけではなさそうだ。まあ、当たり前か。
「リリアちゃんか~。可愛い名前だね。そういえばリリアちゃんはどうしてこんなところに?」
 それらしく尋ねてみる。不自然な流れではないはずだ。
「あのね、パパとママが……見当たらないの。今探してるんだけどお兄ちゃん、知らない?」
 なるほど、つまり俺がさっき仕留めた二匹のエルフが、この子の親だったという訳か。いやはや可哀想に。でも、狩っちゃったもんはしょうがない。
 2匹の様子がおかしかったのは、子とはぐれて動揺していたのだろう。
「そうか、はぐれてしまったんだね。あ!
ひょっとして君のお母さんは金色の髪で、くびかざりをしていた?」
 とりあえず、思い出したかのように振る舞い、様子をうかがう。
するとリリアは驚いたような表情と共に、喜びをあらわにした。
「そうなの!もしかして見かけたの!?どっちに行っちゃったかわからない?」
 彼女はまた少し不安そうな顔に戻り、俺に回答を求めてくる。
「ああ、確かに見かけたよ、だが……」
え?と、リリアの表情はさらに悲壮に満ちる。
 俺が殺してしまったよ~、と言いたい衝動に駆られた。
 さぞ痛快であろう。相談に乗ってくれる優しいお兄さんがまさか親殺しだったなんて。
知ったらどんな顔をするのだろうか。
 だが俺もバカではない。さすがに今そんなことをすべきでないことくらい理解できる。
「だが、連れていかれてしまったんだ……国営のハンター達に」
 国営のハンターたちがエルフを殺すことはない。あくまで捕獲に専念する。
もちろん高級食材として貴族たちの食卓に並べるためにも肉の鮮度はなるべく保った方がいいし、そもそも食材として狩られるエルフはごくわずかで、他は圧倒的にエルフ養場に入れるために捕まえるケースが多い。
「でも、殺されることはないと思うんだ、安心して。奴らはその場で殺すような真似は絶対にしないから」
「でも……そんな……」
 言いたいことはわかる。死んでないといわれても、連れ去られたことには変わらない。依然として心配は残るだろう。
「ごめん、助けようとは思ったんだけど、奴らの手際が思った以上に良くてね……」
 リリアは今にも泣きそうだ。よほどショックだったのだろう。唇を噛んで必死に涙をこらえている。
 俺はその様子を見ながら、唇を噛んで必死に笑いをこらえる。いや、ホント御愁傷様です。
「リリアどうしたらいいかわかんないよ……」
いたいけなエルフの少女はしゃがみ込み、とうとう泣きだしてしまった。
え?何この俺が泣かせてしまった感。俺は悪いことなんて何もしてないのに。
とはいえ、これ以上この子にストレスを与え続けるのは体に毒だ(肉質的な意味で)。そろそろ安心させてやることにしよう。
「大丈夫だよ、リリアちゃん。連れ去られてからまだそんなに時間は経っていない。全然間に合うよ。方向的には……そうだな、リシオ村か、カラトスの街だろう。そこでエルフ収容所があるとするならまずカラトスの街だと思って間違いない。さて、君はどうしたい?」
 少しの沈黙の後、リリアは目尻に涙を溜めつつも胸の前に両手を握ると、
「パパとママ、追いかける」
と、勢いよく答えた。
「よし、いい子だ」
 俺はポフポフと、リリアの頭を軽くなでると、笑顔を見せた。