ピルルピル。
 小さな機械音に記憶は目を覚ました。
 なんだろう。
 音のする枕元の方へ記憶はごそごそと手を伸ばす。
 すると何か小さな物が手に当たった。
 それが何なのか記憶が分かると嬉しくて記憶の小さな胸はわずかに跳ね上がった。
 だって、だってそれは記憶が待ち望んだ物だったからだ。
 記憶の胸の中でボウボウと青く光るのは
 小さな携帯電話。
  
 記憶はその携帯をまじまじと見つめると
ぽつりとつぶやいた。

 携帯ってメールが届くと光るんだ。


 記憶はドキドキして震える手で、がんばって携帯のメール画面を
開いた。
 実は記憶はメールをもらうのは初めてで
とういうのも記憶は言葉を喋れないからだった。
 今天界は大メールブームで、若い天使のほとんどは
携帯を持っている。
 でも記憶は喋れないせいか
他者と関わるのが苦手でどうしてもメールアドレスを聞くことができなかった。
 水連……?
 それは記憶の知らない名前だった。
 えっと、この場合どうしたらいいのだろう。無視するべきかな?
 記憶は迷いに迷って、夜が明けるころ返信することにした。

 間違えてますよ。


 その日はそのまま眠れなかった。記憶は眠いのをこらえて
仕事へと向かった。
 記憶の仕事は、天使の図書館の司書だ。本が好きだからというのも
あるが、言葉が不自由でも務まる仕事が限られているためだった。
「お願い、もっと奥の蔵書を見せて!」
 最近、記憶をわずらわせているのが、翼の生成法を調べている女の子の天使だ。
 この女の子がしつこい。何度断っても毎日やってくる。
 記憶は喋れないので、その度に首を振って断るのだが、
ほぼ半日そのやりとりを繰り返す。
 記憶は寝不足のせいか具合が悪くなってきた。
「だから少しでいいんだってば」
 ああ、もういいかげんにしてよ。
 言葉が話せたならそう言うのに……。
「今日はこのへんにしてくれないか?ティア・ドロップ。
もしこれ以上するなら、君の上司の天使に報告することになるよ。
それは君の本意ではないだろう?」
 突然の助け舟に記憶はほっとした。ティアというらしい女の子は
しぶしぶ帰って行った。


「大丈夫?記憶」
 エメルディア様。
 記憶はぺこりと頭を下げた。エメルディアは記憶の上司の天使だ。