アリエナイ。
ついうっかりで猫を拾った。
真っ黒くて、しゃべる猫。おまけに俺がいうのもなんだが、かなり変わっている。


深夜のコンビニで偶然見かけて気になった女は、頭の先から爪先まで焦がしたみたいに真っ黒だった。ただ、肌だけが真っ白で。

口紅さえ真っ赤でなければ、彼女だけ白黒写真なのかと疑うほどに彩度がない。

やたら高いヒールを履いて颯爽と歩く様は、蛍光灯が輝くコンビニにはあまりにも不釣り合いだった。

墓場で歩いてる方が似合っている。
廃墟とか。
或いは昔のゴシック映画とか。

俺も奇抜な服装のせいでじろじろ見られることが多い。

だが彼女もまたそういう種類の人間らしく、雑誌を読んでいた男がチラチラと彼女の姿を追っていた。

けれどその視線には物珍しさの中に下心が見えかくれしていた。同じ男だからわかるさそりゃあ。

確かにきつそうな美人て憧れるよな。
俺が思うに男ってのは隠れMが多いんだ。
パット見が大人しそうでもそうじゃないことわかるだろ。あの鋭い眼光を見ろ。

知らない男を同志と感じ、俺は勝手に心のなかで話しかけていたが、彼女のあとを追うようにコンビニをでた男をみて不味いな、と思った。


ところが。
猫は嘘みたいに強かった。

俺が割り込む隙もなく、猫は男を打ちのめした。
そして伸びた男を見下ろしながら煙草を吸い、空き缶であろうことか指をへし折ろうとしていた。

慌てて止めた。

で。

で、だ。
何故か俺は猫を拾ってしまった。

ちょっとした好奇心というか、収集癖のようなものが出てしまって、なんだかんだで。
ついうっかり持ち帰ってしまったのだ。

猫…正確には猫の姿をしたパンサー。
俺の部屋には猫がいる。



「おかえりなさい。」

猫は猫らしく欠伸しながら、一階から帰宅した俺に声をかける。背に流していた黒髪は、適当に纏められ、左肩に乗っていた。
着ているのは俺のTシャツ。

「うわぁ、定番すぎてウケる。」

俺は思わず手を叩いた。
よくあるだろ?こういう突然の同棲にはベタな展開が待ってるんだ。
咄嗟に「風呂?飯?それとも…」なんて受け答えを想像したが、ベタな展開はそんなに続かないらしい。

「はい、とりあえず食いな。」

選択肢はない。
俺は食卓に並べられた料理に腹をならした。





猫を拾ったその日に食生活の乱れについて、なんかめっちゃ説教された。

「は?あんたパンクなら酒と煙草と女と薬で空腹を満たせよ。」

キッチンの戸棚を埋め尽くすインスタント食品の山と、お湯を入れたばかりの三つのカップラーメンを指差して、彼女は鬼の形相で俺を叱った。

「いや、人間だからそれは無理。死ぬ死ぬ。」

俺はカップラーメンを啜りながら、猫に言う。

「じゃあ健康的なもの食ってよ。今はガリガリでいいけどさ、年取ってぷよぷよとかパンクにあるまじきスタイルだから。」

酒と煙草と女と薬なんていっときながら、正反対のことを言い出した。

「自炊できない。」

「あたしが作るから。」

興奮気味に言いはなってから、彼女は本当に毎日料理するようになった。
しかも旨い。

「…意外だな。」
「あ?」

猫は怖い。機嫌が悪いと。

「お前いい奥さんなれるよ。」

俺は豚汁を啜りながら、猫を上目使いに見つめてみた。
耳が赤くなったように見えたのは、気のせいだろうか。