「コンパに行く??」

 電話越しの雅の声は雑踏のせいか、少し聞き取り辛かったが、コンパの単語を強調して話しているので、こちらの話の内容は、だいたい伝わったのだと安心した。

「いいでしょ? 別に」

「一体どういう心境の変化? 誘ってもずっとスルーしてたくせに」

「いいでしょ? 別に」

「あ! わかった! 彼氏と別れたんだ! そうなんだね! それならコンパはいいよ。新しい出会いが過去の傷を忘れさせてくれるから」

「だから、彼氏とかいないんだって」

「OK! それ以上言わなくていい。そういう理由なら直ぐにセッティングしてあげる。ちょっと待ってて。またかけるから!」

 慌しくそれだけを言うと、雅は叩きつけるかのように電話を切った。

「行動早っ! そこまで急ぎでもないのに」

 でも急いで貰った方がいいのかも知れない。明日になったらまためんどくさくなってしまいそうだ。

 今日連絡があれば必ず行く。明日以降は明日以降の私の判断に任せる。
 
「雅の折り返しがあるまでは、散歩にでも行きますか……」

 自分の心を見失いかけている今、運命の神様に身を委ねてみるのもいいのかも知れない。

 困った時の神頼みならぬ友人頼みで。



 茶トラと灰色狼を引き連れ、いつもの散歩コースに向かおうとするが、向かい風が強い。突発的に巻き起こる熱をはらんだ強い風が周りにある軽いものを吹き飛ばしていくのが見えた。

「嵐かな? もしかして台風が来ているとか? でもさっきまでは晴れてたし」

「ワンッ!」

「ワンッ! ワンッ!」

 茶トラと灰色狼が空を見上げて吠える。これは「雨が降るよ」の合図だった。

「そっか、雨が降るのか。今日は久々に家の中で寝なきゃね」

「ウウウッ! ワンッ! ワンッ!」

 いつもなら、雨が伝わったと満足気な顔をする2匹なのに、今日はまだ激しく空に吠え続ける。

「大丈夫。雨なんて怖くないよ。大丈夫だよ」

 頭をなでると吠えるのは止めたが、それでもウロウロと心配そうに私の周り歩き、見つめてくる。

「今日はもう帰った方がよさそうだね」

 2匹は「やっと伝わったか」という顔をして、足早に散歩道を引き返し始めた。





 
「今日?」

「そう! 都合良いって人がいてね。ちなみに国立大学の3年生。ビギナーズラックだよ、柚月!」

「でも、雨が……」

「雨? 雨ごときで、あんたは、いい男を逃すの? 勿体ない!」

 雨だけではなさそうな不穏な気配をはらんでいるし、茶トラ達も心配をしていたし、という言い訳は出来ない。今日連絡があれば行くと神頼みならぬ友人頼みをしてしまったし、雅を巻き込んだのは私だからだ。

「とにかく今日の19時、駅前に集合ね! わかった?」

「はい」

 神様と友人と私が決めたのだ。何かいい事があるかも知れない。





「これ、ヤバイんじゃないの?」

 コンパに相応しい服装というのが判らず、短めのワンピースにカーデ、スキニーという無難な格好で出かけ様としたのだが、1歩玄関を開けると、外は横殴りの雨が降っていた。

 急いで携帯を取り出して雅に連絡を入れるが「やるよ! 国立!」と中止になりそうな気配がない。

「仕方ないか……」

 傘が役に立ちそうにない雨の中、私は徒歩で駅へ向かった。


「柚月! こっち!」

 駅構内で雅の姿を確認し、歩み寄ると、その周りには3人の男の人と、雅の他にもう1人女の子がいた。

 見た事がある気がするので、多分、同じ大学の、違う学部の子だろう。

「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

「いいよいいよ。凄い雨だったもんね。でも、お店どうする? これは遠くまでは行けそうにないよ」

 上目使いで男の人に尋ねる雅に、私はコンパの哲学を見た。

 なるほど、仮面を被って可愛い女を演じるのか。彼氏がいるくせに「可愛い」を止めないのが鉄則なのか。

「もう駅前の居酒屋とかでいいんじゃないかな。この雨だったら仕方ないよ」

 1番背が高くて、眼鏡をかけたしっかりしてそうな人の言葉に従い、手頃な駅前居酒屋を求めて、私達は歩き出した。






「いらっしゃいませ~~!」

 そのかけ声が聞こえた途端、私は反射的に、背の高い人の後ろに隠れた。

「えっと、6人……」

「6名様! ご案内!!」

 座敷席へゾロゾロと移動し、店員さんが去った所で、眼鏡さんの背から飛び出た。

「ふぅ……」

「君、さっきからずっと俺の背中に貼り付いてるけど、何かあるの?」

「いえ! 絶対に何もありません!」

「そう? 何か新しいアピール方法かと思った……」

 そう笑う眼鏡さんは、頭は良さそうだし、笑顔は素敵だし、背も高くてカッコイイし、国立大の将来有望選手で私が今までに出会った事がないタイプだった。不覚にも胸が一瞬ときめいてしまう。

 その胸の高鳴りはけして心地がいいものではなく、罪悪感が入り混じって痛い。

 何も恋人を探そうとしている訳じゃない。話の出来る友人を雅と凪の他にも作りたいだけだ、と心の中で誰かに言い訳をしている自分に気づいた。



 ――ときめいたっていいんだよ?

 ――交友関係を広げたいとかいいながら、本当は優しくしてくれる異性が欲しいくせに。

 ――私の事を考えて、同じペースで歩ける人を求めているくせに。


 違う! そうじゃない! 私はただ、本当に今の生活に息づまるものを感じてしまっていて、その原因を深く考えたら怖くて傷つきそうで、だからそれ以外の場所が欲しいだけ。

 ――うそつき。

 うそじゃない!

 ――本当は気にづいているくせに。それなのに自分が傷つくのが怖くて、見ないフリをしているくせに。

 そうだよ。誰だって傷つきたくないから、安全でわかりやすい塗装された道を歩きたがるじゃない! それのどこが悪いのよ!

 ――塗装された道? それはどんな道?

 大きな看板が出ていて、ここを真っ直ぐいけばどこへ着く、ここを曲がればあっちへ着くと書いてある安全な道だよ!

 ――その道には凪はいないの?

 その名前を出さないで!

 

「ごめん、隣いいかな?」

 その声にハッとして顔を上げた。私を気遣う視線を送ってくれていたのは、さっき隠れた眼鏡さんだった。

「怖い顔してたから、何かあったのかなって気になっちゃって。もしかして、こういう場所嫌だった?」

「いえ。ごめんなさい。全然嫌じゃなくて、むしろ自分が嫌だというか……」

「懺悔中だったの? 誰に? 何に?」

 私は頭に浮かんだ人物を無理やり奥へと押し込み「犬達に」と答えた。

「犬? その話興味があるな。僕も犬好きだし」

 私は曖昧に微笑んだまま、メニューを広げた。



 全員の注文が揃い、店員さんを呼ぶ。注文を取りにやってくる足音が聞こえて、私は反射的にまた眼鏡さんの後ろに隠れようとしたけど、遅かった。

「お待たせしました! ご注文をどうぞ!」

 元気な声で注文伝票を片手に、現れた店員さんとバッチリ目が合う。

「えっと、飲み物は……」

 各自バラバラに言う飲み物や食べ物を、機械的に伝票へ書いている男。

 それは、法被を着た、お祭り姿の凪だった。

 私は、スッと凪から視線を外した。

 そのまま確認の為に、注文を繰り返して去っていく凪の姿を一切見ることが出来ない。

 罪悪感と後悔の念が、私の心に渦巻いて、意味なく苦しくなる。


「どうして犬に懺悔なんてしてたの?」

 そう問いかけてくる眼鏡さんの声が遠い。

 懺悔、後悔、猛省。

 
 ――だから逃げられないのに。


 私の中のもう1人の私が、浅はかな自分を笑った。