沢山遊んだ後に食べる夕食はおいしかった。

 人間用は、野菜を中心にしたコース料理で、トマトと玉葱のマリネから始まり、ジャガイモのポタージュ、ナスやきゅうり、パプリカなどを使った色とりどりのサラダ。メインは地鶏の炭火焼で、凪だけはこっそりと牛肉が混ざってた。これが若奥さんが言ってた、こっそりサービスなのだろう。パンはふんわりとして焼きたてだったし、口直しに出てきたスイカのシャーベットもおいしかった。

「デザートお持ちしましょうか?」と若奥さんが聞いてくれた時には、お腹がいっぱいになってしまっていた。どうしようか悩んでいると、凪が「お願いします」とケロリとした顔で言い、若奥さんは、またキッチンの方へ歩いて行った。

「私、もうお腹いっぱいなんだけど……」

「え? そうなの? 僕、もう少しパンとお肉貰おうかなって思ってたのに」

 凪は細身の体に似合わずよく食べる。

 苦手だった朝も克服したので、朝食からトースト3枚は食べて行く。夜は夜でご飯3杯は食べるし、その後こっそりお菓子なんかを食べているのも知っている。

 それなのに太らない体質が憎々しい。女の敵だ。

 私の足元では、茶トラと灰色狼が、犬用コースをペロリと平らげて、まだ欲しそうに、こちらをジッと見つめていた。食いしん坊なのは、飼い主にそっくり(凪)だ。

「犬用にもコースってあるんだね」

「うん。茶トラ達のご飯もおいしそうだったよね」

「食べちゃダメだよ」

「わかってる。流石に人の物は横取りしないよ」

「そういう意味じゃないんだけど……」

 わんちゃん用と出された食事は、人間と変わらないぐらい贅沢に見えたけど、味付けは、ほぼないそうだ。野菜や、地鶏、デザートは野菜だけを使ったケーキ。ケーキのお供は犬用ミルクらしい。

「世の中変わったよね……。お犬様専用だもんね」

「でも、一緒に食べれて嬉しいじゃん。だから、このペンション人気なんだよ」

「そうだね」

 食堂には、テーブルが6席。そのほとんどが、犬連れのお客で埋まっている。

 飼い主も犬も凄く幸せそうで、たまにはこういう贅沢もいいのかも知れないな、と思った。

 したくても抽選券が旅行券に化けるのは、一生に1度あるかないかの幸運なのだけれど。(実際当たったのは米だったし)



「お待たせしました。ほうれん草と林檎のケーキです」

 そう言って若奥さんが出してくれたのは、緑が綺麗に混じったシフォンケーキだった。所々に見え隠れしているゴロゴロ林檎が、また美味しそうで食欲をそそる。

「彼女さんにサービスの豆乳プリンも用意してあるけど、どうする? 食べれそう?」

 若奥さんが、こっそりと聞いてきた問いかけに、私は全力で「お願いします」と言った。

 ああ、デザート。君は別腹だって事を忘れていたよ。





「もう……無理」

 茶トラ達は、犬専用の別棟に引き取られていったので、私と凪は与えられた部屋に入っていた。

 そんなに広さはないが、一応、ベッド2台を入れてツインルームにしてある。それ以外は何もない部屋だった。その奥側のベッドへ倒れこみ、私はうんうんと唸っていた。

「食べ過ぎだよ。柚月さん……」

 凪に呆れ返えられても無理はない。

 私は満腹だと言いながら、ケーキを2つ、そしてプリンを残さずに食べたのだ。

「いいの。野菜ケーキはヘルシーなの。豆乳もお肌にいいし。だから今日はいいの! 旅行中はいいの!」

 ダイエットは明日から。これは乙女の合言葉だ。だから、たまには食べ過ぎて自分を甘やかしてもいいのだ。

「僕、お風呂に行ってこようかな。まだ7時だし。他にする事なさそうだし」

「まだ7時なの?」

 辺りは真っ暗闇に包まれていて、私はもう9時ぐらいの感覚でいた。でも、考えてみれば、食事を始めたのは5時半で、ゆっくり食べても、食事にかかった時間はせいぜい1時間ぐらい。本当にまだ7時ぐらいにしかなっていない。

 それに「何もする事がない」という凪の言葉もわかる。周囲は本当に真っ暗闇で何もないのが一目でわかるし、部屋にはテレビもパソコンもないのだから。

 凪がリュックからゴソゴソと着替えを取り出しているのを見て、私もお風呂に行こうかなと思ったが、体が重い。出来ればこのまま寝たい。

「寝るの?」

 寝るという単語。何だかこのシュチュエーションでは使い辛い。私1人がヘンに意識をしている事はわかっていても、何となく凪に「寝る」とは言えない。

「私も行く」

 また1人、色々と意識し過ぎているのが恥ずかしかった。だから何でもないように私もバッグを開け、着替え類を取り出して、お風呂用に持ってきた小さなビニールバッグに詰め込んだ。 






「星が綺麗だねえ。柚月さん」

 街灯もない夜空に、零れ落ちそうな程の星が瞬いて見える。

「星ってこんなにもあるんだね」

「そうだよ! 普段は忙しくて忘れてしまうけど、実は毎晩、これと同じ数の星が輝いていたんだよ。都会って便利だけど、こういう綺麗な物は見えなくなっちゃうんだよね」

 私と凪は話ながら、上を向いて歩いていた。

 お風呂に行くなら、ここから歩いて5分の所に、地元の人がよく行く公衆浴場があるので、そちらに行ってみてはどう? と薦められたからだ。

 ペンションのお風呂は家庭用で時間交代制らしく、好きな時間に入れないと言うので、私と凪は外に行ってみる事にした。そして、頭上に煌めく数多の星に気づいたのだ。

「ほら、柚月さん。夏の大三角が、頭上にあるよ。わかる?」

「それぐらい知ってるよ。デネブ、ベガ、アルタイルでしょ?」

「織姫と彦星だね。あ、あっち! 秋の大四辺形だ。わかる? カシオペア座のもう少し横」

「カシオペアってあのWの形でしょ? その横? どこ?」

「う~ん。2等星と3等星だから知らないと見つけにくいかも、あのね」

 凪が背後から私の手を掴み、空の一角に四角の模様を描いていく。

「ペガスス座のマルカブ、アルゲニブ、シェアト、アンドロメダ座のアルフェラッツ。1回見つけられれば、直に探し出せるようになるよ。ほら、あそこの……」

 何回も何回も、私の腕を動かして説明してくれる凪だったけど、私はこの密着具合の方が気になり過ぎて、上手に星を探し出すことが出来なかった。

 暗い場所でしか見つけることが困難だと言う、秋の大四辺形。

 私は結局、見つけることが出来ずに、少し凪に呆れられた。

 星を見つけるよりも先に、暗い場所でハッキリと輝く自分の気持ちに気づいてしまいそうで怖かった。