「もう……ヤダアァァ!!」

「し……静かにして! 集中出来ないじゃん! 事故るよ!」

 私はその言葉に一瞬押し黙るが、それでも我慢出来なくて、また数分後に叫ぶ。

「やっぱりヤダァ! 帰る! 下ろして!」

「無理だよ。高速だし」

「来るんじゃなかったあああ!」

 目的地に着く前に叫びすぎて、死んでしまいそうだ。


 車、車と言うので、免許は持っているのだろう……と当然思っていた。

 そして、確かに凪は免許を持っていた。

 但し「免許を取ってから1度も運転した事がないペーパードライバー」である事までは想像していなかったのだ。

 その事を聞いたのは運転して、もう引き返せない様な所まで来た時。どうりでノロノロしたり、急にスピードが上がったり、急ブレーキを踏んだりすると思ったのだ。

「キャーキャー」叫んでいる私に対して2匹はとても嬉しそうにしている。

 後部座席で、ほんの少し開けた窓から何とか鼻だけを出そうとしたり、隙間風を楽しんだり、ぐっすり寝たりしている。

「私だって、そうしたかった」

「え? 何?」

「何でもないよ! お願いだからちゃんと前見て運転して! ほら、トラックがああ」

 前方のトラックに急接近して、慌てた凪は、後ろも確認もせずに車線変更を行い、走行車線の車に「ブーブー」クラクションを鳴らされる。

「生きて帰れる、いや、生きて目的地まで行けるだろうか?」

 帰りは何があっても1人電車で帰ろうと心に決めた。




「死ぬかと思った。30回ぐらい」

「大袈裟だなあ。柚月さんは。ね、茶トラ、灰色狼」

「ワンッ」「ワン」

 そうですか。男性陣は平気だったんですか。私はもう懲りごりです。

「荷物それだけ? 僕が持つから、柚月さんは茶トラと灰色狼をお願い。ちょっと早く着いちゃったけど、荷物だけでも預かってくれるかな」

 私の1泊にしては無駄に多くなってしまったボストンバックと犬達のお世話道具。そして自分のリュック1つを軽々と抱えてペンションに向かう凪の後姿を見守る。

 目的地が近づくにつれて、動悸が何故か跳ね上がった。車のせいだと思っていたけど、ペンションに着いたらもっとドキドキし出した。

「車が怖かったから……だよね? 茶トラ、灰色狼」

 まだ行かないの? と不思議そうに見つめる2匹に話しかける。

「怖かったから。うん。もう大丈夫、絶対に大丈夫」

 2匹を連れて、凪の後を追いかけるように走った。





「大澤様他1名様ですね。犬は2匹で間違いないですか?」

 ペンションの若奥さんらしき女性が受付に出て来てくれた。そして、チラリと凪と私と2匹を見る。

「……小型犬ってお聞きしたんですけど、あのワンちゃん達は?」

「小型じゃなく子供って言ったんです!」

「まあ……それは失礼しました」

 クスクス笑う若奥さんを見て、私は逃げてしまいたいほど気恥ずかしくなる。

 あのバカは何て事を言ったのだ。やはり私が予約すればよかった、と後悔しても遅い。 

「ほら、彼女さんが真っ赤になっちゃって。可愛い彼女さんね」

「はい。柚月さんは可愛いし、優しいです」

「まあ、羨ましいわ。よかったわね、彼女さん」

 全身に血が回りすぎて倒れそう。恥と動悸で今なら気絶ぐらい簡単に出来そうだ。

「2人の可愛い子供なのは確認しました。でも、すみません」

 若奥さんが告げた言葉は想定外の物だった。

「部屋で一緒に寝れるのは小型犬だけなので、可愛い大型犬のお子さんは犬用の部屋でお預かりする事になります。後、本当に勝手なお願いで恐縮なのですが……」






「はあ……」

「どうしたの? 柚月さん?」

 私達4人は、チェックイン後にペンション近くの海岸まで散歩に来ていた。誰もいない海岸でリードを外すと、茶トラと灰色狼は走りだし、駆け回っていた。海を怖がるかな? と考えていたけど、2匹とも直に足元まで水の中に入り平気そうに遊びだした。

 そんな光景をボンヤリ眺めながら、私は先程の若奥さんの言葉を思い出して憂鬱になっていたのだ。

「どうしたの? か。そうね、どうしようか」

「しょうがないよ。病気の子供なんだからさ」

「わかってるよ。仕方ないとは思うし、犬も一緒に寝れないなら、若奥さんの気持ちもわかるんだけどさ」

 

 犬と一緒だと言うので、ペット部屋を2つ用意していたが、実は昨日から宿泊している子供が熱を出して、もう1泊したいと申し出があった。本日は満室で非常に困っている。よければ、同室にして貰えないだろうか? もちろん狭いペット部屋ではなく、普通の大きさの部屋を用意するから、と若奥さんから頼まれてしまったのだ。

 カップルに見える(凪はヘンな事を叫ぶし!)私達に頼むのが1番頼みやすいと思ったのだろう。

 私が若奥さんだったとしても、そのような状況なら犬連れバカップルに頼む(全ては凪のせい)。

 誰も悪くないのは理解している。それでも急すぎる同室話に「それなら、キャンセルを」と私が断る前に「それは大変ですね! いいですよ」と何も考えずに(多分)凪が了承してしまったのだ。

「今日の夕食は奮発する上にデザート2つ付けちゃう」と問題解決でニコニコ喜ぶ若奥さんに、またしても私は横から口を挟み「NO!」と叫べなかったのだ。

 凪は凪で「やったあ! 得したね。柚月さん! 甘いの好きだもんね」なんて言って若奥さんと談笑し出したから余計だ。これで「嫌」と素直に言ったら私1人が極悪人になってしまう! と色々考えてる間にその話は終了した。

「夕食、楽しみだね。何が出て来るのかな」

 そう言って、茶トラ達の方へ歩いて行った凪の背中を見つめる。



 同室について、凪は何も思わないのだろうか?

 あまりにもいつも通りの凪に、私だけが悩んでるみたいで物凄く悔しかった。