「どうして……どうして、そんなに普通でいられるんですか!」
彼を忘れるんですか、と、私は何度も訴えた。私はまた、あの日のあの時のように泣き喚いた。
そんな狂ったような私を、冷静に宥めてくれていた事でさえ苛立ちの種になり、この時、私は一度だけ彼の母に手をあげようとしてしまった。
本当に、精神的に参っていた。私が私じゃないみたいだった。
はっと我に返り、彼のお母さんにあげようとした手を止めた私は、その瞬間に急に冷静になり、大人しくなった。かと思えば、また子供のように泣き出してしまう。
わんわんと子供のように泣き続ける私を、彼のお母さんは優しく抱きしめてくれた。そして「ありがとう、ありがとう」と何度も私に言った。
私は、彼のお母さんの胸の中で一時間近く泣き続けた。そして、やっと落ち着きを取り戻した私に、お母さんはある一通の手紙を差し出してきた。
何も書かれていない真っ白な封筒。私は、その封筒から、その封筒を持つ白い腕を辿ってお母さんの綺麗な瞳へと視線を移した。
「病室を片付けていた時に出てきたの。私たちに宛てたものと、貴方へ宛てたもの。二通あったわ。辛いだろうけど、読んであげて」
お母さんは、涙を流しながら笑った。その大きな哀しさと計り知れないような愛しさが滲み出ている表情に、私は何てバカな思い込みをしていたんだろうと思った。
この人は、彼のことを産み、彼のことを20歳まで沢山の愛情を持ちながら育て上げた人だ。
この人によく似た綺麗な瞳を持っていて、あんなに優しくて、だけど不器用で、繊細で、笑顔が素敵で、私にこんなにも幸せを教えてくれた彼を育てた人だ。
哀しくないわけがない。辛くないわけがない。この人が、彼のことを忘れるなんて、そんなの私が作り上げたただの被害妄想だ。
私は、受け取った白い封筒から中身を取り出した。そして、二枚の便箋を取り出すと一枚目の一番上の行から順に目を通し始めた。

