彼の心筋は、日に日に弱くなっているという事を事前に彼のご両親から教えられていた。合併症を引き起こす可能性がある、と医師に伝えられている事も教えてくれていた。
彼は、合併症を引き起こしてしまったのか? 急な発作が起きてしまったのか?
どうして彼がこの場所にいないのか、私はそれをずっと考えていた。
「えっと……」
ナースさんは、また口をもごもごと動かし始めた。
あまりにもずっと口をもごもごと動かして、言いづらそうにしているナースさんに、私は「あ、ひょっとして、冗談ですか?」と言って笑った。笑っているけど、視界は殆どぼやけて見えなくなっていた。
ああ、それは、なんて不謹慎で残酷な冗談なんだ。
そう思うけれど、今なら許してあげよう。仕方がない。この一回だけなら、特別に許してあげる事にしよう。
私は、そんな事を考えながらナースさんが首を縦に振るのを待っていた。すると、そんな私の後ろから驚いたように私の名を呼ぶ声がした。
私は、ゆっくりと振り返った。振り返った私の前にいたのは、彼のご両親だった。彼のご両親は、私と目を合わせたあとすぐ、足元へ視線を落としてしまった。
「どこにいるんですか? どこに、隠れてるんですか?」
ひとつに束ねられた、解けかけの黒髪。疲れたような表情の素っぴんに、壁に寄り掛かり目に見えるほどの身体の力のなさから、彼の母の様子がいつもとは全然違う事は分かっていた。
父の方も、目を伏せて唇を強く噛み締めている。
ここまで凝っていて、ここまで不謹慎な嘘なんてあるのか。
私の中で、段々と〝嘘〟という希望が消えていった。

