大学三年生へと進級して間もないある日、私は、母と大喧嘩をしてしまった。その時、喧嘩の種となってしまったのは、彼だった。

 大学を休みすぎていた私に母が何かを察したのか、大学を休み続けている理由を問い詰めてきた。

 母なら理解してくれるだろうと思った私は、大学をよく休んでいる本当の理由を話し、それから、大学を辞めようと思っているという、自分の中で決めていた決意も話した。しかし、母はそれを酷く反対した。

「ちゃんと考え直しなさい。病を抱える人を支えていくのは、そんなに簡単なことじゃないの。その人の為に全てを賭けるというのは、そんなに簡単に決めていいことじゃない」

 そう言った母は、今までに見たことがないくらいに怒っていた。普段とても温厚な母が、涙を目に浮かべながら、顔を真っ赤にしていた。

 そんな母を見たのは初めてで驚いたけれど、気持ちを理解してもらえなかったという悔しさがふつふつと込み上げた私は、堪らず家を飛び出してしまった。

 この時の私は、ただただ母に理解してもらえないことが悔しかった。だから堪らず家を飛び出したけれど、今なら分かる。母は、私の想いを理解できなかったのではなく、理解したくなかったのだ。ガンという病に侵された父を長年看病して見送った母だから、私に同じ思いをさせまいと思ってあんなに怒ってくれたのだろう。

 しかし、当時の私は、そんな母の気持ちを汲み取ることができずに家を飛び出してしまった。そして、しばらく彼のいる病室に寝泊りをして過ごした。

 彼と24時間を共に過ごし、共に笑っていられた時間は幸せだった。嬉しくて、幸せで、こんな時間がずっと続けばいいと切に願った。だけど、母を思うと時々切ない気持ちにもなった。そんな複雑な日々だった。