〝信じられない〟と〝信じたくない〟が複雑に入り混じる。

 本当は、記憶までなくなってしまうなんて、お兄さんのつくった冗談なんじゃないか。なんて、そんなことまで考えてしまうくらい、私にとって、とても幸せな時間たちだった。


「もう少しだね」

「うん」


 出来ることなら時間を止めたい。止まって欲しい。お願い。止まれ。止まれ。止まれ。止まれ。

 そう、何度も何度も願った。それでも、時間は止まらず進んだ。それどころか、いつもよりも早く時を刻んでいるようにすら感じた。


「この角を曲がったとこだよね」

「……うん」


 時間は止まらない。止まってはくれない。それなら、と、私は足の動きを止めてしまった。

 この角を曲がれば、未来の陽本蒼とは……この記憶とは、さようならだ。それなら、この角を曲がらなければいい。なんて、私は子供のようなことを考えてしまった。


「夏帆」

「……」

「ねえ、夏帆」


 お兄さんが、足の動きを止めた私のことを心配そうに見た。

 私は、何も答えなかった。お兄さんが名前を呼んでも答えられなかった。どうしても、離れたくないと、この時間を終わらせたくないと思ってしまった。

 明日は終わりじゃない。それは、分かっている。分かっているつもりだったけれど、やっぱり、怖い。今日が終わるのが怖い。