――静かだ。

さっきまでの希望に満ちた笑い声や、別れを惜しむ泣き声も今はなく、ひっそりとしている。

夕日に照らされる教室にそよ風が流れ込み、少し心地よくどこか寂しい……。

だけどこの寂しさとも今日でお別れだ。

薄暗い教室に差し込む明かりの先の黒板にクラスメイトの名前や、青臭い寄せ書きが書かれている。

「3-1最高!39人皆に幸あれ!!」

「必ず同窓会でまた再会しよう!!」

――下らない。

乾いた舌打ちが校舎に響く。

どうせ何年かすればクラスメートのことなんか忘れて新しい環境や生活に溶け込んでいるに違いない。

結局人なんて自分のことで頭いっぱいで、周囲の他人なんか二の次だ。

ふと、元担任の姿が浮かぶ。

「おい宮乃!スカート短いぞ」

「おい宮乃!また夜遊びか?気を付けて帰れよ」

「おい宮乃!俺が勉強見てやるから放課後補修な」

「おい宮乃……困ったことあればいつでも相談しろよ」

「おい!君……ダレダッケ?」

急激に頭に血が昇るのがわかった。何とも形容しがたい感情が口から、目から、全身から、溢れてくる。

「あんなに!あんなに!私のこと目の敵にしていたくせに何で忘れてんのよっ……」

「クラスの奴らもっ……3年間一緒にいて……毎年自己紹介やり直してっ……」

「たくさんっ……たくさん思い出も、作り直したじゃない!!……なんで誰も覚えてないのよ……」

自虐の笑みと本心がぐちゃぐちゃに入り乱れて、きっと今の私の顔は酷いことになっているだろう。

「なんで……こうなっちゃうかなぁ」

全てわかっていたはずなのに……。

1年前から……いや、5年前からこうなると……

これを繰り返していかなければならないのだと、分かっていたはずなのに。

この教室に私の席はない。

クラスの掲示物に私の名前はない。

卒業式で私の名前は呼ばれない。

そして黒板にも私の名前は……ない。

黒板には既にたくさんの文字が書かれていてほとんどスペースはない。

ほんの少しだけ……隅の方に文字の書かれていないところがあった。

――『宮乃結』

震える手で自分の名前を書いてみる。

小さくて心細い、今にも消えてしまいそうな弱弱しい字が滲む。

もう見ていられなくなって黒板消しで必要以上に強く擦り、力つきてその場で座り込んでしまう。


「助けてよ……遼」


私の初恋にして、決して叶わぬ恋の相手の名はため息と共に、独りぼっちの世界に静かに、優しく溶け込んでいく。