恋を知らない君へ




「わー、なにこの部屋、涼しい!」


パタパタとこちらに向かってくる足音が聞こえる。


「ちあぽーん!はいるよー」

「いやおせぇよ」


朝日の冷静なツッコミにその場にいたふたりは思わずうなずいた。


「ってか玄関に知らない靴あったんだけど、誰か来てんの……って、」


リビングの扉をあけた貴海の目が、志保をとらえる。

彼は一瞬動きをとめたのち、みるみるうちに顔を綻ばせた。


「はじめまして、向坂貴海です!なまえ聞いてもいいかな?」

「あ、深山志保です。はじめまして」


握手を交わして、貴海はにっこりと笑みを深める。


「いやー、びっくりしたよちあぽん俺は。隠さなくてもいいのに、みずくさいなぁ」

「え、なにが?」


にこにこと貴海に告げられた言葉に、千秋は固まった。


「彼女できたってことくらい、教えてくれてもいいじゃんよー」

「……は?」

「でもほんと、いつのまに。ぜんぜん気づかなかったよ俺ー」


ひとりウンウンと満足げにうなずく貴海の肩を慌てて掴む。


「まってたかみん。それ誤解」

「へ?ごかい?」

「うん」

「どゆこと?」

「だから、彼女じゃない。おちついて」


けれどよく分かっていない様子の貴海に、千秋は続けてハッキリと告げた。


「付き合ってないよ。てか今さっき初めて出会った」


ぴくりと志保の肩が揺れる。

寂しそうに、下から端正な千秋の横顔を見上げる彼女の様子を、朝日が黙ったまま見つめていた。


「え、ちょまって。ちあぽん、言ってる意味がよく分からな……」

「ちーっす!みんなそろってんのー?!」


戸惑う貴海の言葉を遮ったのは、ここにいる誰よりも断然に明るい、元気な声だった。