困り顔の彼女を見下ろしたまま、千秋は思案した。


(じゃあ、この子がウチにたどり着いたのはたまたまだっていうことか?)


目の前の彼女がウソをついているようには見えなかったし、彼女の発言を信じかける。

しかしすぐに思い直した。


(…いや、それはありえない)


ここは都心から離れた、片田舎。

このアパートを除いてまわりには一軒も民家がなく、公共の交通機関も通っていないため、唯一の交通手段は車のみとなる。

徒歩でたどり着ける距離ではないし、タクシーで来るにしてもここの住所を指定しなければ当然来ることは出来ない。


(つまり、どうあっても彼女がここの住所を知っていたってことだ)


だがここでひとつ、疑問が浮かぶ。

アパートが建っているここは、まず「住所」として使われることがない。

なぜなら、ここは、「事務所」によって特別にあてがわれた場所だからだ。


「………」


しかし、それでも分からない。

この「特別」な場所を知っているのは、事務所と千秋たちだけのはずだ。


(この子が、聞き出せる手段なんてあるのか…?)


そこまで考えて、千秋はひとつ息を吐き出した。


「君、なまえは?」

「……え?」


彼女が不審なことには変わらないが、たとえ彼女が意図してここへやってきたのだとしても、その手段がまったく分からない。

千秋のことを「知らない」と言う彼女の言葉も半信半疑だけれど、証拠も確証もない今はどうすることもできない。


「なまえ…ですか?」

「そう」

「………」


千秋がうなずくと、彼女はさきほどの怯えていた様子を一変させ、じっと彼を見上げた。


「……?」


そんな彼女を怪訝に思い、彼は小首をかしげる。


「…なに?」

「………、いえ」


急かすように訊ねた彼を、一瞬、寂しげに見つめたあと、彼女は彼から目を逸らしながら小さく呟いた。


「深山志保(みやましほ)です」


志保の声にかぶさるようにして、インターホンが鳴った。