恋を知らない君へ




「なんで俺がこんなこと…」


まだ不服そうにぶつぶつと文句を言っている千秋の肩を抱き、貴海が言う。


「まあいいじゃん、ちあぽん家事ほとんどダメだし。家政婦さんが来てくれたと思えばー」

「ダメってなに、出来ないのは料理だけだっつの」


貴海の腕を払いながら睨む千秋だが、身長差ゆえに必然的に上目づかいになっていることに気づいていない。

貴海はにーっこりと微笑んで、ふたたび千秋に手を伸ばした。


「睨んでも無駄よー、可愛いだけっ」

「、あ、ちょ、何すっ…!」


頭をわしづかみにされて、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる。

楽しそうな貴海とその手を必死にどけようともがく千秋の攻防を横目で見ながら、朝日は苦笑をもらした。


「なーにをジャレてんだか、あいつらは…」

「珍しいねー、ちあぽんがおされてる」

「…ーーあ、あのっ」


割って入った声に、四人の視線が向けられる。

彼らの視線を受けとめながら、おそるおそる志保は口を開いた。


「えっと……それじゃあわたし、ここに居てもいいんでしょうか…?」

「ああ、勿論」

「よかったねー」

「っておまえらが言うなよ」


すかさずツッコミを入れる朝日はともかく、まるで危機感のないあとのふたりに千秋は深いため息をつく。


(………、!)


しかし志保の表情を見て、ハッと息を呑んだ。


「ありがとう、ございます…!」


そう言った彼女の瞳はキラキラと輝いていて、本当に、心の底から喜んでいるような笑顔を浮かべて深々と頭を下げる。


「未熟者ですが、よろしくお願いします…!」


ありきたりだけど、「花が咲いたような」。

その表現がピッタリあてはまる、そんな笑顔だったーー…。