「まぁ、小さいときから知ってるしな」
「え?」

意外な言葉に、私は眉をあげた。

「あいつの親父とは昔から親友で、ちょくちょく家に顔出してたから」
「…………」
 
知らなかった……。そんなつながりがあったなんて。
私は心底驚いて、バッグの持ち手を持ったままで固まる。

「遥の家の事情知ってる?」
「え…………と、父子家庭ってこと……ですか?」
「そう。小さいときに母親が遥を置いて出ていって、父親は医者だろ? 家にいないことが多くて、ばあさんとか叔父夫婦とかが見れるときは見てたみたい。まぁでもあのばあさん、たいして遥の相手をするでもなく、いつもブツクサブツクサ……。って、それは失言だな」

コホン、と仕切り直した町野先生。

「それで、たまに俺と嫁とで遊びにいって、メシを一緒に食ったり、一緒に絵を描いたりしてたってわけ」
「……そう……だったんだ」
 
たしかに桐谷先輩のこと“遥”って呼ぶし、先輩もなんとなく親しげにしてたし……。そうか、桐谷先輩に絵を教えたのって……町野先生だったんだ。

「まぁ、家庭環境もあってか、最初から諦めてるっていうか、意欲がなくてめんどくさがりというか、子どもらしからぬ子どもだったよ。今考えると、自分が甘えたから、それが嫌で母親が出ていったとでも思ってたんだろうな。自己肯定感が低くて、自ら動いてまで欲しがらないようなヤツで」
 
ゆっくりと振り返って今度は桟に体重を預け、遠い目をして語りだす町野先生。