「先ぱ……」
「ミサキ」

再度、桐谷先輩が彼女の名前を呼んだ。ミサキ先輩を見ると、にらんだような表情のまま、じっと桐谷先輩を見ている。

「話をしよう、ちゃんと」
「嫌」
「当たるんなら俺に当たって」
「もういい」

その瞬間、ミサキ先輩が私たちの横を通って、廊下へ出ようとした。すり抜けるときに、彼女の腕が私にぶつかる。

「ミサキ」

廊下に出たところですかさず桐谷先輩が手を伸ばし、ミサキ先輩の腕をつかんだ。私も立ちあがったけれど、その緊迫した空気に、ただ見ていることしかできない。

「逃げるな」

しばらく抵抗を見せて逃げようとしていたミサキ先輩も、桐谷先輩が腕を握る手を強めて自分側へ寄せたことで諦めたのか、ようやく力なくうつむいた。鼻をすする音が聞こえ、桐谷先輩の胸の前で、彼女の涙がひと粒落ちたのが見えた。

「…………」

間に入る隙間もない空気の中で、私と舞川さんはまるで蚊帳の外だった。さっき打ったところと胸のなかは、じんじんとその鈍い痛みを伝え続けているのに。

「水島さん」

とうとう桐谷先輩の胸に顔を埋めて泣きだしたミサキ先輩。その体勢のままの桐谷先輩が、ようやく私の名前を呼ぶ。

「…………」

先輩の顔はいつもと変わらない、なにを考えているのかわからない顔。でも、私の目をしっかりと射抜いてくる。