「まさか……それで?」

そんなことで?

「そんな些細なことで、って言いたい? でも、私にとっては大きなことなの。気付けば遥の絵をグチャグチャにしてた」
「…………っ!」

私は目を見開いた。ミサキ先輩は、思い出すかのように斜め上を見あげながら続ける。

「そのときあんたの黒絵の具盗んだんだけど、誰も怪しまないもんだからつまんなくって。昨日の腹いせもあったんだけど、ペインティングナイフと一緒に、見えるように置いてみたの」
 
彼女は、人さし指を唇にあてながら淡々とそう述べて、細い目をこちらへ寄こした。その冷静さに、私は背筋が寒くなる。同時に、沸々と怒りが湧いてくる。

「……先輩の絵をぐちゃぐちゃにしたの、あなたなんですね?」
「なによ? その目」
 
バカにしたような口調で、ふんっと鼻で笑うミサキ先輩。私は、自分の握るこぶしの爪が、手のひらに食いこむのを感じた。

「桐谷先輩と一番近い位置? 特別? それじゃあなんで、そんなことができるんですか?」
「は? なによ、たかが絵くらいで」

パンッ! と乾いた音が響いた。
 
気付けば、ミサキ先輩の頬を平手打ちしていた。今まで一度も他人に手をあげたことがないから、衝動的にたたいてしまったことで、あとからその右手に小さなふるえがくる。