ほどなく、カチャリと扉が開く音がして、哲さんが入ってきた。

「お帰り、アマネ。ご苦労さん。今日のメシ、何?」
「………」
 忽ち、フツフツと怒りが沸き上がる。

 私が変わらずブスッとしたまま、指を抑えて黙っていると、彼が背後からまな板の上を覗いてきた。

「酢豚か、いいな、大好物だ。
……どうした?」

 具材を見てメニューを特定した彼が、ふと私を除込んだ。


「な、何でもないっ」

 慌てて隠すも、彼の目は誤魔化せない。

「切ったのか、見せてみろ

 ……深いな」

 ケガした手首を素早く取ると、さらに顔を近づけて、まじまじと傷の様子を診る。

「…たいしたことないもん」

 不貞腐れたように、私は彼から顔を叛けたが…

 その実、気が気でない。
 だって、彼が唇が指に触れそうなほど近いから。
 
「大したことだ。
痕でも残ったらどうする。2針程度だ、縫ってもらおう」

「やだ、これくらい大丈夫だって。
大体、晩御飯がまだ……きゃっ」

彼は、私の腕をぐいっと引いて、ちゅっ、と指先を吸い上げた。

ポタポタと断続的に落ちていた血の滴が、彼の唇を紅く染める。