明らかに、通ってきた景色とは色の違う一角。

高揚、の一欠片もない大人たちが集う“関係者席”。
もちろん、葵ちゃんのようにタオル三枚、とか。
旗を両手に一本ずつ、とか。

そんな浮かれた人も空気も、微塵も存在しない。
取材・・・っぽい、面持ちの人とか。
少しつまらなそうに携帯を弄りながら、開演を待ってるらしき人とか。


さっきまで、あんなに瞳孔開きまくってた葵ちゃんも。
思わず、静かになってる。





『(ねぇ、ここそんなグッズ持ってる人なんていないよ?!)』

「(分かってるわよ!)」


無駄に、小声になる。


『(大丈夫?ここで盛り上がれる?)』

「(盛り上がるわよ!逆に目立っていいでしょ!!)」



葵ちゃんが旗を握り締めた左手を、高らかに突き上げると。
前にいた紳士風のおじ様の後頭部に見事突き刺さって、『すみませんすみません』と二人で慌てて謝った。







『なんでここなんだろ・・・。
この雰囲気、私でも緊張してきたわ!』


「ばかね、本当に理沙子は。」



葵ちゃんが、心底軽蔑したように私を一瞥し、内股の膝の上でセカンドバッグを開ける。




「ここの席は、多分一番。」



取り出される、去年のクリスマスコフレでお揃いで買ったDiorのリップ。




「陽斗くんから、よく見えるのよ。」




思いもよらない、その一言で。

倣って、私のポーチから飛び出すところだったイブサンローランのリップは。
手から溢れて、コロコロとシートの下へ転がった。



『え、なに、うそ、そうなの?!』


前のおじ様が拾ってくださるのを。
すみません、と受け取りながらも、頭の沸騰が止まらない。



「うん。フォーメーションと、ステージとの距離的に間違いないね。
ここの席、歌う時の目線的にも丁度いいんだと思うわ。」




アウェイ感満載の、関係者席。
決して、楽しんでライブを見れる席ではないと思う。
端っこでも後ろの方でも、一般席のほうがきっとずっと見やすかった。









私が、“見やすい”よりも。

陽斗くんが私を、“見やすい”。








そんな席に私を置いて、真正面からあの歌声をぶつける。








『やばいかも・・・。』

「遅い。」







鮮やかなショッキングピンクに彩られた葵ちゃんの唇が、妖艶に笑った。