メイクポーチを取り出そうと、バッグの中を覗けば。
首紐をぐるぐる巻かれた、二つのパスが目に入った。

昨日、一昨日と。
考えても考えても、輪郭ばかりで中身が見えなかった、私の“確信”。

指先に触れた、と何度も思ってきたのに。
蓋を開けてみれば、中身は空っぽ。
まだまだ煮詰まっていなかっただけの自分に、気づかされた。




こんな状況で、それぞれから受け取ったパスなんて持って。
本当にこれでいいのかな。
訳のわからない焦燥感から、ひたすら逃げてしまいたい。


だけど、私。
今日2人に会わないと、一生何も分からなそうだったから。







どうせ眼鏡かけるからいっか・・・
溜め息級の深呼吸の後、ポーチを開ける。
アイメイクはナシで、眉とチークだけで鏡の前をたった。

幸い、肌色が少し白いから。
少しの色味で、そこそこ派手になる。




グレージュ色のざっくりニットを頭から被って、ゴールドのチェーンが揺れる華奢なピアスを耳たぶへ。

ロッカーの扉の裏にある小さな鏡で、イブサンローランの15番を唇に載せる。

デニムにした代わりに、足元はフェラガモのヒール。
気分の乗らない日でも背筋を伸ばしてくれる、私のお守り。
ライブにヒール・・・と、一瞬迷ったけど。
私の身長なら、どなたの迷惑にもならない自信があった。

香水に手を伸ばそうとして、ふと目に入る腕時計が指す時刻。


『やば・・・!』


慌ててバッグに散らばっていたいろいろを詰めて、私は更衣室を飛び出した。






長い廊下に響く、駆けるヒールの音。

この足音は、どこに向かっているのか。
私はこれから、誰の笑顔に会いに行くのか。



誰の笑顔に、会いたいと思うのか。




まだ分からないまま。
逸る鼓動を持て余す。


ジムのエントランスを飛び出れば、タイミングよくタクシーが止まった。


『◯◯スタジアムまでお願いします。』

「お姉さんも、もしかしてライブ?
今日あそこらへん混んでるからね~。寄れるかな・・・」



苦い顔でハンドルを切った運転手さんに、できるだけ近くまで行ってくれれば停めていい、と答える。


無理そうなら、途中で降りて走ればいいだけ。




ゴールも分からないまま走ったら、心折れるかな。

だけどそれでも、走って行きたいと思うのは。

私の中の答えが。

“誰か”に会いたい、と。

 

思っているからなのかな。