次々と、倫くんが曲を入れるから。
口笛まで吹いて、私を気持ちよくさせるから。



『さっきのなに?
ボーイくん、何だって?』



確認するのが、すっかり遅れた。

隣に腰を下ろして、氷の溶けたジンジャーエールに手を伸ばす。




「大丈夫。それ、別の頼むか?」


『ううん、もうそろそろ上がらなきゃ。
あ、お会計の話だった?』


「そうだな、そろそろチェックするか。」


微妙に、会話がかみ合わない気もしながら。
ボーイくんに、手で小さなバツを作る。


頷いたボーイくんは、機敏な動きで部屋を出て行った。







『あー・・・♡明日から休みだ~!!』

大きく、伸びをして。
重厚なソファの背もたれに、そのまま思いっきり身を預けた。



「何する?遠出でもするのか?」

『うーん、とりあえずは最近行けてなかったヨガとか行ってー。
DVD借りて夜更かししたりしてー。
ゆっくりのんびり、したいね。』

「なるほど。」

『あ、カナちゃんとランチの約束も一回してるよ♡』

「そう。
それは世話になりますね。笑」



カナちゃんの名前を出すと、すぐ目尻を引き下げる。
昔は、ただただ面白かった、それが。

いつしか、とてもあったかいものに見えるようになった。








『この後、どうやって帰んの?
タクシーなら、私も乗ってっていい?』






倫くんが、大きな氷が浮かぶグラスから口を離して。
何か言おうとしたところで、扉が開いた。






振り向けば。



入ってきた人影は。
華奢な若い、ボーイくんではなくって。















「お疲れ様です。」






そう言って、倫くんに深く頭を下げて。

ゆっくりと此方に歩いてくる、見慣れた長身。



肩にかけただけの、サンローランのダブルライダース。
白いTシャツの胸元のサングラスは、いつもこの男の顔の小ささを浮き彫りにするRay-Ban。




まるで、先生に会うときの生徒みたいに。


「失礼します。」


わざわざそう言ってから、航大はソファへ腰を下ろす。

ふんわり、と。
私の身体と同じ香水の香りが、舞った。




「なんか飲むか?」

「いえ、今日は車なんで。
もう、すぐに帰ります。」





私には、何も声をかけないのに。
背筋を伸ばして、倫くんにばかり頷いたり笑ったりしてるのに。




一瞬だけ私に投げられた、視線の甘さと片側だけ上がる口元に_____


思わず、心臓が跳ねた。