相変わらず、リビングのドアに手をかけたまま動かない私に。
「佐藤錦。」
『え?』
翔さんは、玄関のドアに手をかけて、振り返った。
「食わずに捨てる、なんて言うなよ。さすがに勿体無いから。笑
いらないなら。彼にでも、あげて。」
『・・・もう、自分で買えるってば。』
「あの頃だって。もう、そうだったろ。」
答えない、私を。
あの朝のように置いて行く。
『早く帰って。』
「ありがとう、話を聞いてくれて。彼にも、悪かったって伝えて。
来週向こうで会えることを、楽しみに待ってる。」
目を瞑って。
ゆっくり、開ける。
閉まったドアが。
もう動かないことを確認してから、のろのろと鍵をかけに行く。
それは、きっと1分にも満たない時間だったのかもしれないけど。
私には、果てない、時間だった。
リビングに戻り、置き去りにされた高級フルーツ店の外装を覗けば。
赤く色づいた、小さなルビーたち。
“翔さん、桜桃買って”
“翔さんの買ってくれた、桜桃が食べたい”
遠く、耳鳴りを覚えて。
のろのろと、袋から取り出した大きなパックを手に、冷蔵庫へ向かう。
自分のものの、はずなのに。
視界が、知らない人のものみたいだ。
扉を、開けて。
炭酸水のスペースの横に、そっと置いた。
一瞬、浮かんだデジャブに
遠くなった意識を取り戻してから。
ゆっくりと、扉を閉めた。


