ぶんぶん、と右腕を振ってみたけれど。
涼しい顔で、外を見てる。
じゃあね、とチョコに手を振って。
タクシーのドアが閉まった瞬間、下ろしかけた右手を捉えられた。
私の右手の先に、航大の左手。
寸分の隙間も空かないように、深く絡んだ指先。
「ここ、真っ直ぐでいいですか?」
「はい。で、次の交差点を左に。」
慣れた口調で、私の家へ道案内する。
『レオン寝てるよ。』
「じゃあ、寝顔見たら帰るよ。」
『おめーは女子か。』
「は?」
『好きな男子の家に上がり込むために、ペットをダシにする女子か。』
「いいよ、もう何でも。笑」
耳の辺りに、ふわっと近くなった気配に。
思わず身が竦む。
「少し触れたら、ちゃんと帰るから。」
レオンに?
私に?
前髪を分ける甘い手つきと。
暗い車内で光る、熱に浮かされた瞳に。
ギリギリになったら考えようと、自ら思考を捨てる。
「この・・・辺りで、よろしいですかね?」
『あ、はいっ!』
いつの間にか用意されていた、見覚えのある風景に。
慌ててクラッチからお財布を取り出す。
「いいって。」
左手で私の手元を抑えて右手で運転席に数枚のお札を差し出す。
『やだ!さっきのお金も絶対払うからね!ていうか、いくらだったか教えてよ!』
シャツの胸ぐらの辺りを掴んで揺するけど、その先の分厚い胸はびくともしなかった。
むしろ、狭い車内に航大の生っぽい香りがふわっと立ち上がってしまって。
よく知る、その香りに。
慌てて手を止める。
立てるか?と先に降りて、顔を覗き込まれて。
頷いたものの、意外に酔いが回っていたことに気づく。
「ほら。」
差し出された手に、つかまり立ちするように外へ立ち上がる。
最近この右手は、なぜかいつも漏れなく温かい。
私の全体重をかけても、ちっともびくともしない彫刻野郎。
その前髪を揺らす風は、思ってたより冷たくなっていた。
さすがに、公道を手を繋いで歩くなんて抜けたことはしない。
少し距離を空けて歩く私を振り返らずに、そのままエントランスを潜ろうとする背中。
鍵持ってないくせに、と慌てて後を追う_______
はず、だった。