翌日は、学校を休んだ。
精神的にではなく、本当に体調が悪かった。体を起こすことができたのは、お昼を過ぎてからだ。
あの後は何か食べようとしても喉を通らず、空腹な筈なのに、水を口にするだけでも喉元が苦しくなる。
(きつ······)
ベッドに横になるのもつらい。
私はとりあえずキッチンへ降りて、コーヒーを入れた。
甘いものがダメになってから、苦いコーヒーの味を流し込むと胃が少し落ち着くようになったのだ。
香ばしい香りが部屋いっぱいに広がる。
「······」
口をつけると、わずかに息苦しくはなったものの、胃まで流れてしまえば少し気持ちが落ち着いた。
━━━ブーーーッ ブーーーッ
ついさっき電源を入れたばかりのスマホが振動する。
メールがきているらしい。朝から1時間ごとに届いている。
差出人はいつも同じ。大駕だ。
私はまだ自由のきかない身体を動かして、コーヒーをテーブルに置き、ソファに座ってスマホを取った。
未読、12件。
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あと5分で家行く!
今日は学校休むか?
先に行く。
体調不良って言っといたからな!
しっかり寝ろよ!
でも飯は食えよ?
1限終わったぞ!
来週小テストだってよ。
英語はペアで読み合わせ!
その時に話したけど、日吉がかなり落ち込んでたぞ。
古文予習しとけってよ。
調子はどうだ?
昼飯食べたか?
午後だけでも学校来ねぇ?
学校はいいからしっかり寝て休め!
まさに今寝てるだろうけど!笑
体調どうだ?
学校終わった!
ノートは見せてやる!
礼はハーゲンダッツな!!笑
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······過保護か。
私は笑いともため息ともつかない息をついて、メールアプリを閉じた。とほぼ同時に、
━━━ブーーーッ ブーーーッ
またメールだ。
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何か買ってくるもんあるか?
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(あぁ、家に寄ってくれるのか)
私はコーヒーを一口すすってから、返信画面を開いた。
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大丈夫
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特に欲しいものはない。
ただ身体がだるい。苦しい。
(明日までに、体調戻さなきゃ)
私はスマホをテーブルに投げて、ソファに横になった。
眠かったわけではないけれど、目を閉じれば自然と夢に誘われる。
(······お父さん)
「ッぐ······」
瞼の裏にまた赤が蘇って、吐き気がする。
「━━ッ」
私はソファの上で丸くなって、瞼を上げ、荒く息をついた。
(やだ······誰か、助けて······)
━━━ピンポーン
まるで呼応するように、インターホンのベルが鳴った。
「······?」
画面を見ると、
「大駕」
怖い顔をした彼が、カメラ越しにこちらを睨んでいた。
ロックを開けると、がちゃりという音とともに、大駕の気配が家に入ってきた。
「真希?いるか?」
私が力の入らない足を奮い立たせてソファから立ち上がった時、彼はちょうどリビングへ入ってきて、私を見て目を丸くした。
「お前······っばか、寝てろ!」
「······?」
ふらつく私の腕を引いて、大駕は私をリビングから連れ出した。階段で抱き上げられて、部屋まで連れていかれて、終いにはさっき私がケータイをそうしたように、ベッドの上に放られた。
「痛った······!」
「軽すぎんだよ。どうせ1日何も食べてねぇんだろ」
「······」
反論できない。
私はベッドの上で丸くなり、大駕から目をそらした。そんな私を見て、彼はため息をつき、自分の鞄から何かを出した。
「······?」
「ちょっとでも何か腹に入れた方がいい」
手渡されたのは、ゼリー状のエネルギー飲料だった。わざわざ買ってきてくれたのか。
「······ありがと」
受け取って、蓋を開けて、一口飲んでみる。
(······飲める)
私は少しほっとしながら、大駕の方を見る。
大駕も私が飲み込めたことに安心したらしい。わずかに微笑んで、こっちを見ている。
「全部飲めそうか?」
「うん」
大駕はいつも優しい。
何かある度に私を気にかけてくれる。もちろんクラス委員だから、学校でも頼りになる存在だ。先生にまで頼られるくらい。
······そんな人が、私なんかにかまっていていいのだろうかと、時々思うくらいに。
「真希?」
「ん?」
大駕はまだ心配そうな顔をする。
私はできるだけ笑顔を作って、エネルギー飲料を飲んで見せた。
「もう大丈夫だよ」
けれど大駕は不満そうだ。
私は少し申し訳なくなりながら、ベッドに横になり、布団をかぶった。
「明日からはちゃんと学校行くから、心配しないで」
「······わかった」
大駕は不貞腐れたような声でそう言うと、私の部屋を出ていった。
(どうして······)
頭の中では、ずっと同じことが巡っていた。
(どうして私なんかに構うの)
嬉しい筈なのに、どこかもどかしくて、悲しくて、私は眠気が来るのを待ってから、瞼を閉じた。
