「触らないで」

「え?」


笑顔とは対称的な私の声。
低くて、すぐに怒っていると分かる様な物だ。
驚いたのか男は恐る恐る私から手を離した。


「さっきから誤解しているみたいだけど。
私はあなたたちにつくとは言っていないよ」

「……は?どういう意味だよ!」

「どうって……そのままだけど。
私は誰の味方でも何でもない、どうだっていいのよそんな事は」


私にはやらなければいけない事がある。
こんな所でいつまでも時間を無駄にする訳にはいかないの。

固まる男を避けて。
人だかりを掻き分けて。

真っ直ぐに歩き出す。

この教室にキミを残して。


「……和葉……」


小さなキミの声に思わず足を止めてしまった。


「ねえ、アンタは一体……何をしようとしているの……?」


正輝の震える声が私の心を突き刺した。
疑問形なのに確信を満ちた正輝の言葉。

やっぱりキミには嘘なんか通用しないんだなって思った。
それが何よりの救いだった。

キミは苦しいかもしれないけれど。
私は凄く嬉しいんだ。

キミが分かってくれている事が。
私が本気でキミを裏切った訳ではないと、そう知ってくれている事だけが救いだった。

おかしな話だけど。
図々しい話だけど。

キミには嫌われたくないんだ。