「あ……あっ……」


パクパクと動くだけの口。
どうにもする事も出来なくて。
力なく玄関に座り込む。


「和葉」

「……いやっ……」


伸びてくるお兄ちゃんの手を振り払いたいのに。
腕が重たくて上げる事すら出来ない。

お兄ちゃんもその場にしゃがみ込むと、そのまま私を引き寄せた。

その温もりを消し去りたいのに。
感じていたくないのに。

だらんとぶら下がっただけの手も。
焦点が合わない目も。
何も考えられない頭も。

自分のモノではない。
そんな不思議な感じがするんだ。

あまりにもショックすぎて。
全てを放棄したのかもしれない。

苦しむ事も、傷つく事も。


「ごめんな、和葉。
嘘だ……さっきの言葉は」

「……え……」


あまりにも突然で。
それ以上の言葉は出なかった。

固まる私の体をお兄ちゃんは優しく抱きしめてくれる。


「わざとやったんだ。
お前に分かって欲しくて……」

「分かる……?」

「ああ、人には誰だって裏がある。
それはお前が1番分かっているだろう?」

「……うん」


人の心の声が聞こえる私だから分かる事。
誰よりもずっと。
人の醜い感情を見てきた。
小さく頷けばお兄ちゃんは辛そうに声を絞り出していた。


「だからこそっ……。
お前をこれ以上……傷つけたくないんだ。
一ノ瀬くんを信頼して、それに慣れて……。
後から苦しむお前を見たくないっ……」


お兄ちゃんの声が耳元で消えていく。
それは私だって考えてこなかった訳ではない。
特に最初の方は怖かった。
だけど……。
私は知っている。
正輝が真っ直ぐな人だって。
だから。