帰ってからの緑は、とても忙しく動いていた。

ご飯の準備をして、コートを作るための準備をして、

時々長く美しい黒髪を払いながら動いていた。

「緑、私も何か手伝おうか…?」

おずおずとそう話しかけると、緑は

「いや、大丈夫。透愛は座って待ってろ。」

と言って、再び慌ただしく動き始めた。

座って待ってろって言われても…

とりあえず言われた通りに椅子に座り辺りを見渡す。

ホコリひとつ落ちてなさそうなキレイな床。

磨かれた窓、使い勝手の良さそうな箒。

どれも生活感溢れていて、緑が長い間ここに住んでいることを察した。

緑って一体何者なんだろう。

とか言ってる自分も十分謎な存在だということを思い出す。

でもさっき髪のことを聞いたとき、何だか寂しそうな顔をした。

もしかしたら、過去に何かあったのかもしれない。

だとしたら、それは私が首をつっこむことではない。

きっと何か理由があるのだから。

そうこう考えているうちに、緑がご飯を持ってきてくれた。

「よしっ、出来た。冷めないうちに食べようぜ。」

私たちは、いただきますをして、チャーハンを食べ始めた。

パラパラのご飯には、ほんのりと味が付いている。

塩のような、鮭のような…とにかく美味しい。

他にも緑は色々作ってくれた。

中華コーンスープに、サラダに麻婆豆腐。

中華で統一してくれたらしい。

「味…どうだ?」

心配そうな顔をして聞いてくる緑に、私は優しく微笑んで

「とっても美味しいよ。ありがとう!」

と言った。それを見て緑もにっこりと微笑んだ。

「そういえば、透愛は何でチャーハンが好きなんだ?」

緑が質問をしてくる。

何で…って言われても。

無意識で言っただけなんだけどなぁ。

何と答えようか迷っていると、

「大切な人が私に初めて作ってくれた料理なの。」

また、自分の意思とは関係のない意見が出てきた。

「大切な人?昼間言ってた亜瑠って人か?」

キョトンとした緑に私は言った。

「そう、亜瑠が作ってくれたの。
このチャーハンの味、亜瑠のチャーハンにそっくり。」

あれ…何言ってるんだろう。

亜瑠のことはほとんど思い出せていないのに。

まるでもう全部思い出したみたいに話せる気がする。

「そうか、亜瑠は透愛にとって大切な人なんだな。
他に何か亜瑠のこと思い出せたか?」

私は口を開いた。

緑に話そうとした。亜瑠の事を。

「………っ。思い出せない。」

でも、言おうとした途端に息が詰まって

亜瑠のことについて、話せなくなった。

そんな私を見て緑は一言だけ、残念そうに

「そうか。」

と言って再びチャーハンを口に運んだ。