「ん…」
また私は意識を取り戻した。
1番最初に感じたのは嫌なほどにきつい薬品の匂いと
安心するような誰かの暖かさ。

目を開けようとしてもあまりの白さに太陽の光が眩しすぎて
うまく目を開けられなくて眉間にしわが寄る。
ずーっと天井を眺めてしばらくして慣れた視界。
きょろきょろして確認したのは少し狭い殺風景な部屋。

「ここはどこ」

聞かなくてもわかった、ここは病院。
でもなんか発してしまった言葉。
体はほんの少しだるい。
私は少し寝過ぎたみたいだ。

「櫻井!!!!!!」

騒がしい音とともに離れた誰かの暖かさ。
私の名字を確かに読んだ人をずっと眺めてたらそれは

「日向先輩!?」

大好きな人でした。

「何してるんですか、寝顔見ちゃいましたか」

私が真顔で尋ねると

「バカじゃねぇえのか!」

本気で怒られました。
ズキンと音を立てて痛む体。
なんでこんなに怒られるのかがわからない。

私はいきなり怒鳴られたことに驚いて目を見開いて先輩の顔を見た。
私の上に降り注いだ雨は鋭く苦しく悲しく冷たい。

そしてようやくわかった。

先輩のひどく傷ついたような顔。

1粒1粒とても受け取れないほどの重たい雨。
死を受け入れたような部屋に響く悲しみような少し安堵の表情を感じられる泣き声。

私はまだ先輩がなんでそこまで泣くのかがわからなかった。

「本当に心配したんだから」

さわやかな先輩の目は鋭く私を捕まえた。
よかったって体の力が抜けていく先輩。
そういえばなんで私はここで寝ていたんだろう

「先輩」

「ん?」

「なんで私こんなところで寝ているんですか早く帰りましょうよ」

「本当に何にも覚えてないのか」

「ん?」

「櫻井今日は何年の何月何日だ」

「えっといま高校2年生だから
 2013年の4月5日」

「お前は眠る前眠る前何をしていた」

「私寝過ごしちゃって通学路を急いでたら気を失いました」

「やっぱりか」

「ん?」

「櫻井驚かないできいてくれよ」

「はい?」

私は先輩が何を聞いてほしいのかわかなくて
キョトンとした顔できいてた。

「櫻井、確かに俺は高校3年で櫻井は高校2年生だ」

「はい!そうですね」

「でもここは2013年の4月5ではない」

「?」

「ここは2012年6月19日だ」

2012年6月19日…
私たちは高校2年生を先輩は高校3年生を約半年多くすることになっていた。
まったくもって意味が分からない。

夏?
そんなわけはない。

春だ。
私の大好きな春なはずなのに

「そしてお前は気を失ったんじゃなくて
 交通事故に遭ったんだ。
 それで少し前に戻ってしまったんだ。」

先輩のいってることはわけがわからなかった。
しばらく気まずい雰囲気が漂い続けた。

「でもよかったおかえり」

私を抱きしめた先輩。
いつか夢に描いた1つの夢。
そんな贅沢な夢がこんな形でも叶うなんて思わなくて
涙が頬を伝う。

でもいまいち心のどこかで
喜べない私がいた。

きっと私に神様がいるのなら
私の神様は変な神様だ。

それからお医者さんと私の家族が来た。
先輩は私から離れて深々と私の家族に頭を下げた。
それに家族も頭を下げる。

ママの泣き疲れたような顔を見て心が痛む。

私の家族は少しして帰って行った。

先輩と二人きりの病室はなんだか気まずい。

先輩と遊んだことは何回もある。
映画を見に行ったり私の家でのんびりしたり
先輩を膝枕したことだって何回も。

でも、先輩に恋をした日からすごい
照れて、気まずくて

でも
私のこの気持ちに気付かれてしまったら
こんなきれいな毎日が終わってしまうかもしれないからそんなの嫌だから私は全て誤魔化していた。

「櫻井なんか食べたいものある?」

「んー…」

先輩は窓のほうを向いている。
少し震えた声はなにかにおびえていた。

「先輩の好きなものを私に食べさせたくーっださい!!」

はしゃいで先輩の背中に抱きついた。
さっき照れた分のお返しだからね。

「お前!!!!!?」

先輩は焦ったような感じでこっちを向いてくれた。
真っ赤に染まった耳に表情。

すごい
かわいいと思ってしまった。

酷く腫れて視界の狭くなった目。
狐目の先輩もなんだかかわいくて。

クスクス肩を震わせて笑った

「な、なにがおかしいねん!」

先輩の顔は赤に染まりながらも笑った
いつもの私の大好きな優しい笑顔。

「ほら笑った」

「いってくるな」

先輩はそういって足早に部屋を出て行った。
なんでだろう

っていうか

なにもいらないから
ただ私の隣にいてほしかった。

でも
彼氏でも彼女でもないのにそんなこと言えやしないよ。

「ただいま」

20分ほどで
帰ってきた先輩はたくさん抱えて帰ってきた

「とりあえずお前テレビ見たいやろうからこのカードやろぉ
 で、イヤホンやろう
 で、ほれ。チョコチップクッキーやろぉ
 喉かわいたらあかんからみずやろぉぉ」

その真剣な表情なんか面白い。

「あと」
先輩は私の足元に立って

「いちごミルクおいしいですよ!!!」

6本くらい抱えた中から天高く掲げて
先輩は満面の笑みでそういった

先輩の好きなものは甘い甘いいちごみるくでした。

「先輩いちごみるく好きなんですか」

「あれ?覚えとらん?」
「何をですか?」

「中学の入学式の放課後」

わかんない

「俺なお前に帰りしな声かけられたんよ。
 一緒に途中まで帰ってくれませんか?って。
 で、途中でコンビによって俺が2本いちごミルク買ってやってんけど」

私は必死に考えた。

確かにそんなことがあった。

「あれですよね?
 いちごみるく俺好きやねん!ですよね?」

「そうそう!!」

そうだ。
確か私がよくいちごみるくを飲むようになったのは
それからだった。

「ありがとうございます」

「お前ってかわいいやつやな」

先輩は私の隣にいすを置いて座って
おいしそうに飲み始めた。

私の初恋の味は甘い甘いいちごみるくだした。

…神様
そんな優しさほしくないよ

辛いよ

こんな笑顔見せられちゃ
こんな近くにいられたらまた先輩に恋をしてしまう。

私は先輩に背中を向けて静かに泣いた。
止まらなくなる涙と熱くなる温度。

もし
この世界に人がいる数だけの神様がいるとしたら

先輩の神様はとても残酷で卑怯な神様だ。
実らない恋なんて見えているのに

そんな思わせぶりな態度とるのやめてよ。
少し期待をしてしまう度に心の傷は増えるの。

辛いよ。