学校は夏休みに入って一週間がたった

あたし達女子バスケ部は
もちろん夏休み中も部活三昧だ

3年生から代を引き継いだ
茅野さんと新谷さんは正式に
部長と副部長になった

8月始めに合宿も控えている

他の部との兼ね合いもあり
毎日体育館が使える訳ではない
午前だったり、午後だったり
通しで一日中だったりと
時間は本当にバラバラだった


で、あたしは言うと
なぜか新部長の茅野さんと
新副部長の新谷さんに呼ばれて部室にいた

〈あたしなんか呼び出されてばっか‥


夏休みに入ってから
あたし達1年も試合方式の練習をしてる

2年生は全員で10人
1年はあたしを含めた5人
茅野さんと新谷さんは入ったり抜けたりを
繰り返しながら指導をしていく

本当なら顧問がやればいいはずなのに
うちの顧問はバスケにあまり興味がない

ただ部にいるだけのお飾り顧問だった
で、今日は家族サービスがどうとかで
学校にすら来ていない状態

何回目かの練習を終えた所で
新谷さんに手招きされたあたしは
そのまま部室に連れて行かれた

バスケ部の部室は体育館前にあって
体調管理のためエアコンがついている
他校に比べたら素晴らしい部室なのだが
あたしは汗が止まらなかった

新谷さんはニコニコしながら
あたしを見つめる
その笑顔が逆に怖さを増してくる
茅野さんは腕組みをして部室の窓を見ていた
相変わらずの無表情だった

真山さんは

新谷さんが口を開く

は、はい!

いつまでそのスタイルでいくつもりなの?

〈ん?なんの事?いつまで?

‥スタイルですか?

うん、いつまでかなーって?

聞かれている意図が読めなくて
あたしは返事に困る

そんなあたしを見て茅野さんは言う

律が言いたいのは何でシュートを
打ちにいかないのって事!!

茅野さんは窓に体を向けたまま
視線だけをあたしに向ける

〈ああ今日も凄く怖い‥

今日何本シュート決めた?
新谷さんは笑顔のままあたしに言う

ゼロです

今日もだよね?なんで?

ずっと笑顔のままのはずなのに
いつも怖い茅野さんよりも
新谷さんの方が怖く見えてくる

あたしは元々コートを動き回って
プレイするタイプの人間だった

しかし中1の時、今みたいに部室に呼ばれて
茅野さんらの前の部長から注意を受けた

周りを良くみろと
全て自分がゴールすればいいものではない
バスケはチームプレイだと言われた

それからあたしはスタイルを変えて
なるべく自分以外のメンバーに
シュートを打たせるためだけに
動き回るようになった
極端だろと言われればそれまでかもしれない

でもあたしは部活と部活外でやるバスケと
区別をつけて今までやってきた

先輩達が求めているものは
わかってるけど
でもそれはあたしじゃなくても
いいんじゃないかと思ってしまう

縁の下の力持ち

そんな言葉が頭に浮かぶ
色々言いたい言葉は浮かんでくるのに
声に出す事は出来ない

今何を言っても言い訳にしか
ならない事ぐらいわかってるから

やっぱり自分は部活に向いていない
先輩がシュートを入れろと言うのなら
1つ返事でそうしますと言えるし

シュートを打ちにいくなと言うのなら
それに従える

でもこんな風になぜなのか?と
問われてしまうと

そうやってプレイする方が
あたしには楽だからなんて言える
雰囲気でもない

新谷さんは少し困ったような顔になる
茅野さんに耳打ちをして
部室から出ていってしまった

あたしはその姿を目で追う事も出来ずに
ただ立ち尽くすしか出来なかった


涼‥

その声に抑えていた涙腺が緩みそうになる
落ちそうな涙を堪えて茅野さんを見た

さっきまでの無表情とは違う彼女がいた

〈あっだめだ‥

あたしは汗を拭くふりをした

普段部活中は呼ばないクセに
こんな時にだけ名前を呼ぶんだから
茅野さんは本当にズルい

泣いてるの?
茅野さんはあたしの顔を覗き込む

な、泣いてないです!
〈こんな顔見られたくない

少し困ったような笑顔で部室のベンチに
座ってあたしの手を取った
あたしは促されるまま隣に座る

‥先輩達の言いたい事はわかってます

うん、いきなりごめんね

‥急に優しくならないで下さい

泣いちゃうから?w
そう言ってまたあたしの顔を覗き込む

泣かないです!

この前と反対だね?w
あたしの手は茅野さんに繋がれたままだった

あ、あの早く戻らないと

まだ話は終わってないよ?

でも何か言われたら?

涼が心配しなくても律が上手く
言ってくれるから大丈夫だよ
それに、もうそんな鉄則も辞めるし!


誰が決めたのかわからないけど
あたし達女子バスケ部は
下の世代と仲良くしないっていう
暗黙のルールがあった
派閥が出来ると困るからであって

だから今こうしてあたしが部長である
茅野さんと2人でいる事は周りから見たら
仲良くしてると思われて
後々面倒くさい事になりかねない

やめるんですか?

やめなきゃ、こんな風に
一緒にいられないでしょ?

〈何を言い出すんだこの人は

まぁ‥確かに‥

赤くなってるよ?w

ぶ、部室が熱いだけです!

エアコン効いてるけど?w

茅野さんはあたしの顔を見ながら
クスクスと笑う

そしていきなり真顔になる

色々変えていきたいの
いつまでも昔の鉄則に縛られるのは
部に取ってプラスだとは思えない
涼がこんな風になっちゃったのは
あたしのせいだから‥


茅野さんは関係ないですよ!
あたしが勝手に‥

先輩に対してちゃんと意見を言えてたら
もっと変わったんじゃないかなーって思うの
でもそれをさせなかった
今までそれが当たり前だったし
‥でもあたしは変わりたい
それが出来るのはあたしと律だけだもん


〈あたしは上に立った事がないから
そんな事考えた事もないや‥
ただコートに立てたらそれで満足してたし


だから涼にも変わって欲しいの
無茶を言ってるのはわかってるよ
今まで散々抑えつけといて
何言ってんだって思うかもしれないけど

〈あたしはバスケが出来たら別に
なんとも思わないんだけどな‥

あたしはやれと言われたら‥

それじゃダメなの!!
茅野さんはまた部長の顔に戻る


先輩達の考えてる事なんて
あたしには難しくてわからないし
あたしがスタイルを変える事で
茅野さん達が納得するのならそれでもいい

それに先輩と後輩が仲良くするとか
しないとかに何が違ってくるのかも
あたしにはわかんないんだけど
茅野さんの力になりたいと思う気持ちは
他の誰にも負けない自信はある


でもあたしが急に変わったら混乱しませんか?

大丈夫よ、みんな太一らとやった
遊びの時の涼を見てるんだもん
それに中学の時のように
未経験者ばかりじゃないわ

そうですね‥

そろそろ戻ろっか?

はい

茅野さんは体育館に入ると
新谷さんと入れ替わりにコートに入る

あたしはコートから出てきた
新谷さんにタオルを渡す

ありがとう!
相変わらず新谷さんは笑顔だった

さっきは答えられなくてすみません

ん〜ん大丈夫だよ
私も芽衣もね後悔してる事があるの
だから中学で出来なかった事とか
ちゃんとやっていきたいんだよね

‥それとあたしのスタイルと
どう関係があるんですか?

真山さんてバスケは好きだけど
部活は好きじゃないでしょ?

えっ?

確かにあたしは部活が好きとかじゃなくて
バスケが出来る環境なら
別に部活じゃなくてもいいとは思ってる
だから高校に入ってまで部活をやろうとは
思っていなかった
高校で部活を始めたのも言うなれば
不純な動機だった


だから部活も楽しいよって
教えたいのかな
それを思ってもらうには
真山さんがやりたいように
バスケをするのが1番かなって思ってる

はい
〈あたしがやりたいようにやったから
みんな辞めちゃったんだけどな

次コート入ってね

はい

先輩達は色々考えていて凄いなと思う
あたしは自分の事で精一杯なのに

コートの中にいる茅野さんを目で追う
〈一緒にいれるだけでいいなんて
甘い考えだったのかな

バスケがしたい、上手くなりたい
そう思ってるだけではやっぱり
部活にいる意味はないんだろうな

茅野さん達が練習を終えて戻ってくる

〈先輩達が後悔してる事ってなんだろ?

急に好きにしてもいいと言われると
正直戸惑ってしまう
でも先輩達がそれを望んでいるのなら
やらない訳にはいかない
結局は言われるがままなだけで

〈シュートちゃんと入るかな?

試合が始まって言われた通り
シュートを狙いにいく

久しぶりにコートの中を自由に
動けた気がした
体は羽根でも生えたんじゃないかと
思うぐらい軽かった

試合が終わってコート外に出る時
一緒のメンバーや先輩達があたしの背中を
バシバシと叩いてきた
その後他の同期のメンバーにも叩かれた

訳がわからなくて背中を押さえながら
あたしは涙目だった

色々頭の中で思ってたはずなのに
いつもは部活中無表情の茅野さんが
笑顔であたしを見てたので
つられて笑ってしまった

こんなのも悪くないと感じた高1の夏休みだった