あたし達女子バスケ部は3年の夏休み前に
下の子へと代を移す

あたしと律は涼を副部長にすらさせなかった

その決定に誰もが驚いたはず
中には理由を聞いてくる子もいたが
律は明確な理由を答えなかった

この事を最初に言いだしたのは律だった


あたし達の部は部長が部長を副部長が副部長を
と自分が責任を持って任せられる子を選ぶ

当然部長のあたしが次の部長を2年生から
決める訳なのだが、律はあたしが涼を
部長にすると思っていたのだろう

普段はアドバイスをくれるだけで
決めるの芽衣だからと言うのに


真山さんを部長にするの?

休み時間に入った教室で律があたしに
問いかける

律とは同じクラスで同じ部活
小学校からの幼馴染で小さい時は
太一を入れた3人でいつも遊んでいた

律はあたしとは違い控えめな性格で
だから中学でバスケ部に入ると言った時は
意外過ぎて少し驚いたのを覚えてる

律がなんでこんな事を言うのか
あたしにはわかっていた
多分律もあたしと同じ理由で涼を主導とした
部を作るつもりはないみたいだから


いや、しないよ!なんで?

あたしは当たり前でしょとばかりに
律に答える

よかった、まだ迷ってるのかなと思った

迷うも何もないでしょ?これが
1番いい選択なんだから!

うんそうだね‥

涼を1年でレギュラー入りさせた事で
レギュラーを外された同期は部活を辞め

1年生同士で試合をさせた事で半分の
1年生は部活を辞めた

あたし達はただ部の為にやった事だ

でも、涼の存在はあたし達の予想を
超えていくほど、周りに影響を与えていた

言うなればレベルが違い過ぎるのだ

それなのに涼は現状で満足する子ではない

目に見えて努力してるのがわかる
成長していくのがわかる

なのにただ1度先輩に言われただけで
アッサリと自分のスタンスを変えてくる

涼がもっと自己中で我儘で勝気な子なら
みんなも文句を言えたはず

でも涼は違う

だからみんな涼を責める事が出来ないのだ
対等に戦える装備がないから

涼はあの日以来部活では一切笑わない
かと言って雰囲気を壊すような子ではない
ただ笑わないだけ
言われた事はしっかりこなすし
誰よりも一生懸命にやる
だから他の子は誰もそれに気づかない
あたしと律以外は


もし今の状態で涼に部長を提案すれば
涼は確実に部を辞めるだろう

だからあたしと律は部の為に涼の力だけを
利用する事にしたのだ

部にはいてほしい
だけど前には出させない
もうあの子にこれ以上の苦痛を与えたくない
これが2人の本音だった

この決定をみんなに報告した時
あたしと律は涼の顔が柔らかくなったのを
しっかりと見ていた

涼をレギュラー入りさせるか、させないかは
あたし達の手から離れた

だけど涼が引退までレギュラーを
外れる事はなかったみたいだ

この決定にいつまでも文句を言ってきたのは
顧問でも後輩でもなく


高校生になった太一だった

太一はあたしと律を自分の家に
呼び出したくせに
自分はベッドに座って胡座をかき
腕組みをして怒ってるアピールをしてくる

あたしと律はそんな太一に目もくれず
2人でテレビゲームに夢中だった


そんな状態に折れたのは太一だった


なんで涼ちゃんが部長じゃねーんだよ!


太一が涼の事をチビちゃんから涼ちゃんと
呼ぶようになったのは彼女である
片瀬さんの影響だった

片瀬さんは涼の友達で太一の2こ下の彼女
太一と片瀬さんが付き合うようになれたのは
涼が片瀬さんを部活見学に連れてきたからだ

片瀬さんは結局部に入らず
マネージャーとして部を支えてくれた

太一が中学を卒業してからは
片瀬さんと涼はいつも2人で帰っていた

あたしが付け入る隙はなかった



はぁ?あんたには関係ないじゃん!

あたしは太一に背中を向けたまま答える

大アリなんだよ!お前らに言えないからって
俺がどんだけ言われてると思ってんだ?!

‥真山さんから何か言われたの?

律は太一に振り返り聞く

はぁ?涼ちゃんがそんな事言う訳ないだろ?
俺の周りだよ!お前らの女子部は
勝つ気あんのかとか、お前らに会わせろとか

そんなのほっとけばいいじゃん!
あたしらの先輩は何も言わないよ!


あたしもコントローラーを離し
太一に振り向く

それはあいつらが部活やらないからだろ?
彼氏が欲しいからって色気付きやがって!

仕方ないよ、ずっと彼氏欲しいって
言ってたもん‥
せっかくの休みを部活に捧げたくないって

律は少し呆れたように言う

片瀬さんからは何も聞いてないの?

あたしはまた太一に背中を向けて
涼の事を聞いた

あーー?なんだっけ?
茅野さんと新谷さんなりに
理由があるはずだから
気にしてないだとよ!

太一は片瀬さんとのLINE履歴を見ながら言う

そっか‥
その言葉を聞き律は安心したように
画面に体を戻しながら

間違ってなかったのかな?

あたしを見ないで言う

間違ってないよ

あたしは肩の荷が降りて凄く安心していた

部活や、行事事で涼と顔を合わせる事が
あっても、特にそれ以上親しくなる事もない

太一の片瀬さん情報から涼があたし達と
同じ高校に進むと聞いていたから

だからあたしは特に涼に対して何も行動に
移す事なく、ただ顔が見れて、声が聞けて
連絡が出来ることだけで満足していた



無事高校に入学したあたしはすぐに
バスケ部に入る
もちろん律も一緒だった
部活には中学の時の先輩もいたし
中学の時以上に志しが高い先輩らに
囲まれながら、大好きなバスケを楽しんでいた
涼とは高校に入ってからもLINEをしていたし
特に何も気にする事なく
淡々と日々は過ぎていく

2年に上がるとすぐ部長への打診を受けて
認められた事が嬉しくてすぐに返事をした

律も中学の時と同じく副部長を打診され
2人で喜んだ

そんなテンションのままあたしは
高校へ入学してきた涼に
部活見学の案内をLINEする

あたしは勝手に涼が高校でもバスケ部に
入るものだと思っていたからだ

しかし何日たっても涼から返信が
くる事はなかった


その時初めて自分の中に不安が走った

よくよく考えると涼とあたしの間に
部活以外の繋がりなんてある訳がない

一緒に帰ったのだって1度きりで
顔を合わせれば挨拶もするし
言葉を交わすけれども
それ以上でもそれ以下でもない
LINEだってあたしから送らなければ
涼から送られる事は1度もない

ふと、太一が言っていた先輩らの話が
頭に浮かぶ

もしかしたら彼氏ができたのか?
好きな人が出来たのか


そう思った途端に焦りがくる

あたしの足はいつの間にか1年の階に
向かっていた

クラスがわからなくて近くにいた子に聞く

教室の前に行くと1人だけ机に突っ伏して
寝ている子が見える

感じが全く変わっていたが
涼だとすぐにわかった

その姿を見てあたしは急にイラだつ

髪を切った事さえ知らなかった

あたしが何も言わず教室に入っていくと
室内がざわつく

この間会ったのはいつだっけ?
そういやあたしが卒業してから1度も
会ってないんだ
そりゃ変わるに決まってる

クラスのざわつきに気づき涼は顔を上げる

気だるそうな顔をした後
あたしに気づいて目を丸くする

少し大人びたその顔を見てあたしは
泣きそうになるのをグッとこらえ
眉間に皺をよせた

あっ‥

涼はあたしと目を合わせるの拒む

そんな態度にあたしは我慢が出来なくなる

帰りに門で待つように告げ教室を出る

久しぶりに見た涼の顔を思い出す

短く切った髪、大人びた顔、声
そのどれもがあたしの心に突き刺さる

午後の授業にやる気など起きなかった

授業が終わりすぐに門へと急ぐ
涼はまだ来てなかった

門の横の石垣に背中をつけ涼を待つ

遠くの方に涼の姿が見えてくる

明らかに背が伸びていた


あたしが初めて恋した子は
とても綺麗になっていた


改めて自分がどれだけこの子を好きなのか
突きつけられる、目が離せなくなる

なのに涼は目を合わせない

先を歩きながら、居た堪れなくなり
歩幅を合わせて横に並ぶ

ずっと見下ろしていたはずなのに
今度は見上げないといけなくなっていた
時間が経ちすぎている事が悲しくなる

このまま終わるなんて嫌だ
あたしは涼を部屋に連れていく

涼は言われるがまま、されるがまま
あたしの部屋で正座をしていた

あたしは涼が好きだと言っていた
コーヒーを渡す

少し涼に笑顔が出る

強引に連れ込んだとはいえ
2人でいる事に気が緩んでしまう

あたしの事‥嫌になった?

こんな質問にイエスと言う子ではない
わかっていても言わせたくて仕方ない


もちろん涼は否定する

嫌いになる訳ないですよ

嫌いの反対が好きだと限らない
それでもあたしはその言葉を噛み締める

涼はあたしを見つめた後、暫く黙り込む

あたしの呼ぶ声に顔を上げた涼は
なんだか調子が悪そうだった
思わず手を伸ばし頬に触れてしまう

涼の顔はとても熱くて

〈机で寝てたのも調子が悪かったから?
調子の悪い涼を強引に連れ込むなんて

突然涼はあたしの手に自分の手を重ねた

今度はあたしの熱が上がりそうだった

その後涼は急に立ち上がり帰って行く

涼に触られた手は熱いままだった
とても甘い毒に侵された気分だった