「お久しぶりです」


結は仏壇に向かってそう言うと、小さく口元に笑みを浮かべた。

ここはあの屋敷の、あの和室。

事件から数日がたっていた。


今日は洸太郎から直々の依頼で、結はここに再びやってきたのだ。

「洸太郎様から聞きましたよ。先日ご家族皆集まって、ここでたくさんお話をされたそうですね」

事件が終わってすぐ、悪霊の正体が亡き父だと知った洸太郎は、結と共にこうなってしまった経緯を考えた。

そして知った。

父は寂しかったのだと。

ずっとひとりが好きだと言っていた、その通りに行動もしていた。だけど、本当は寂しかった。

気づくのが遅れただけ、遅すぎただけ。

そうだと知った洸太郎は、その次の日、家族全員を屋敷に呼び、この和室で思い出話をした。

アルバムをどこからか引っ張りだし、数少ない父との思い出を家族とともに語り合った。
それが供養になるのなら、そう思って。

「…あったそうですね、貴方との思い出がたくさん。確かに貴方は一人を好み家族を避けて生きてきました。けれど大事にしていなかったわけじゃない。ほかの家族より数は少ないけれど、それでも皆の記憶の中には貴方との思い出が確かに存在したんです」

それって、とても嬉しいことだと思いませんか?

結は笑う。

とても穏やかに、優しく。

すると周りの空気がふわっと、柔らかくなったような気がした。

そう、まるで、どこかのだれかも笑ったように。


「一人じゃなかったんです、貴方は。大切な家族がいて、誰も貴方の思い出を忘れてなんかいなかった。きっと、これからもずっと、ご家族の皆さんの中には貴方の記憶が残っていく。だからこれからも、一人になんかなりません。ずっとみんなと一緒ですよ」

これからも、ずっと。

ですからどうか、安らかに。

苦しみは全部捨て、心ゆくまで眠りましょう。


やっと、それができるのですから。


「安心して。貴方の手は、私が、家族の皆さんが握っていますから」


結の翡翠の瞳に遺影が映る。

そこにいたはずの厳格な、強面の彼は
いつの間にか表情は柔らかに、口元は小さく笑みを浮かべこちらを見つめていた。

柳邸に送られた脅迫状は、あの事件後ほど無くして姿を消した。

思えばそれは、悪霊になるはずの無かった優しい彼の、最後の抵抗だったのかもしれない。


死なないでくれ、と。


そんな、大事な息子への願いの形だったのかもしれない。

開け放たれた窓から柔らかな風が吹き抜ける。

結は手を合わせ、静かに瞼を閉じるのだった。