「いない…!」

「あ゛?」

「ここにいた、おじいさんが…」


そこには、何もない、ただの和室があった。

驚く結。

しかし、湊は怪訝な表情を浮かべて言う。

「何を言っている。この部屋には誰もいない。ここはかつて、亡くなられた主のお父上が好んで使われていた部屋だ。今は仏壇があるだけで、誰にも使われていないぞ」

それを聞いた結は、先ほどまでいた老人が呟こうとした言葉を思い出し、全てを理解する。

(あの時、おじいさんは『ユルサナイ』って言いかけてた…! 洸太郎様の命を狙ってるのは人じゃない…!!)

結はぐっと歯を食いしばる。
このままじゃまずい。

(準備をしなきゃ…時間がない!)

急いで結はその場を立ち去ろうとする。
しかし、その行動を不審に思った湊が彼女の肩をガッと掴んで止める。

「おい、急に何をしている」

「…!!? じ、じ時間が、ないんです…!は、ははは離してッくだ、くだくだ…!」

「あ゛ぁ゛? どもるんじゃねえ!!はっきり言えゴラァ!!!!」

怒鳴られ、結はビクッと縮こまる。

本当に嫌だ、この人。
何でこんなに怒鳴るの!なんでこんなに短気なの!
時間がないっているのに!

その時、湊に向かって何かがとんでもない速さで飛んできた。

そして

ボスンッ!!!

「うおッ」

湊の懐にそれはぶつかる。

その勢いでよろけた湊の手から解放された結は、飛んできたものを掴んで走り出した。

飛んできたものは、ここに来るときに学生鞄と別に持ってきていた松葉色の風呂敷包みである。

「お、おいてっめ…!!待てコラ!!」

「すすすみませんッ!!でも、…時間がないんです!!!じゅ準備が、必要だから…!ごめんなさいっ!!!」


そう言ってぴゅーっと廊下を駆けていく。

その後姿を、湊は口を開けて呆然と見つめていた。