生まれて初めて、女性として賞賛の言葉を受けたアロイスは、つい涙ぐむ。そんな彼女の髪を、彼は柔らかい手付きで撫でた。
「人間界では、男として生きている君も、ここでは女性として生きる事が出来る。だから、我慢は要らないよ」
 その台詞を聞いた瞬間、アロイスは堰を切ったように泣き出す。余り泣いた経験のない彼女は、どうすれば涙が止まるか分からず、狼狽するが…その間にも、涙はポロポロ零れて行く。そんな彼女の目元を、ゼノンの指が優しく撫でる。それが心地よくて…気付けば、いつの間にか…眠ってしまう。

 眠ってしまったアロイスを抱え、ゼノンは寝室へと向かう。黒いシーツと布団の寝台、真っ赤な天蓋と言う組み合わせは如何にも魔王らしい、おどろおどろしさがある。しかし、彼女の黒い髪と白い肌は、不思議とこの寝台に映えた。十六歳の若さが信じられない……妖艶な雰囲気を醸し出す、アロイスの寝顔に、ゼノンはキスを一つ落とす。
「久しぶりだね」
 実を言えば…ゼノンは、アロイスを知っていた。彼が人間だった頃の名前は、ゲオルグ・フォン・リリエンタール。フランツとは双子の兄弟である。先述の通り、高い魔力を生まれ持った為、体が弱かった。十五年生きた間に、リリエンタール伯の館から出た記憶は数少ない。しかも外へ出る時はもっぱら、家庭教師のレッスンをサボりたいフランツになりすましての外出の為、誰も、彼を彼と認識出来なかった。アロイスとも、フランツとして出会っている。
いつもの発作でうずくまる彼を、彼女だけが優しく介抱してくれた。その優しさに惚れたゲオルグは、フランツとして振る舞う際には、可能な限り彼女と行動する。当初は、女子である事が知られる事を恐れ、彼を避けていたアロイスも、次第に心を開いて行く。親しくなるに連れ、以前にも増して、アロイスが「女のようだ」とからかわれる機会が増す。それは、次第に激化し、いじめの域に達した。だから、ゲオルグは可能な限り、彼女を守ろうとする。当初は、子供の喧嘩らしい掴み合う程度だったが、ある少年が女性へ対する侮蔑では最も下劣な言葉を発したのを契機に、ゲオルグは無意識に魔力を使ってしまう。いじめっ子たちは恐れをなし、以降はアロイスやフランツ─または、ゲオルグに一切近寄らなくなった。自分でも理解出来ない力に怯える彼に、アロイスは変わらず優しく接する。
「ありがとう。他の誰が何と言おうと、君の行いは正当だった。僕がどんな事をしても証明して見せるから、だから安心して欲しい」
 この台詞を受け取った瞬間、ゲオルグはアロイスへ向ける感情の正体を知った。