舞踏会が終わると、アロイスは馬車を用意した。御者を買って出たのは、召使いたちに勘づかれる事を恐れた為と最後の最後、いなくなるフランツを見送りたいと思ったからである。ルーネンベルク伯領は、シェーンブルン王国と隣国サンスーシー王国との境界だ。だから、自分を頼ったのかと自嘲しつつ、フランツと…フランベルク卿令嬢ユリアが乗り込んだ事を確かめ、アロイスは鞭を振るう。一言嘶いた後、馬はゆっくりと走り出す。
サンスーシー王国に通じる深い森には、夜でも月光が射す非常に明るい道があり、そこを進んで行く。すると、馬が途中で歩みを止める。何かに怯えている様子なので、アロイスも辺りを警戒した…正にその時。木が折れる音とガラスが割れる音が、背後から響く。青い顔になったアロイスが振り返った頃には、後ろに乗っていたフランツとユリアは無惨な姿に…………。
「貴様!」
その犯人は、人間の姿をしているが…真っ赤に血走った目は、明らかに常人でない事を示している。それでも、怒りに支配されたアロイスは、護身用に差して来た剣を抜く。それを見た犯人は、彼女にも襲い掛かった。しかし、怒りで感覚が研ぎ澄まされていたのか、一太刀でその犯人を切り伏せてしまう。腹から黒い血を吹き出す犯人は、黒い霧となって、夜の空へ溶けて行く。如何にも気味の悪い現象だが、消えたモノに構っている余裕は、アロイスにはなかった。
血溜まりに伏したフランツとユリアに声を掛ける。が、返事はない。体も冷たくなっていた。もうどうする事も出来ない。それを、頭は十分に理解しているのだが……心が飲み込めなかった。そんな彼女の前に顕れたのが、魔王ゼノン。彼の提示した、妻となる条件を了解すると……彼女の左手薬指に、茨が絡んだような刺青が浮かぶ。ゼノン曰く、契約完了の証らしい。
「では。死者たちよ、我が契約者、我が妻の意に従い、今一度目覚めよ」
二人の体の上で、ゼノンが黒い爪の生えた指を一振りすると、地面に広がっていた多量の血液が持ち主の中へ戻っていく。夢でも見ているのかと、アロイスは思わず瞼を擦ったが、二人の顔に精気が戻っているのを見て、現実でなければならないと思い直す。そんな彼女を、ゼノンはひょいと抱き上げた。所謂、お姫さま抱っこである。
「な、何をするんだ」
ここで漸く、アロイスは自分が女性として扱われる事態を受け入れ、混乱した。国中の人間が男性と錯覚する自分が、本来は女であると何故分かったのかと言う疑問が頭蓋骨の中を駆け巡っていく。そんな彼女を見て、ゼノンは笑う。
「貴様の望みが成就した以上、貴様は俺の妻だ。一緒に来て貰おう」
「しかし、彼らは……」
生き返ったフランツとユリアであるが…気を失っている。このまま放置すれば、先程のようなモノに襲われかねない。
「案ずるには及ばない。部下どもに隣国まで送らせよう」
ゼノン目を伏せると男女の悪魔がどこからともなく顕れ、それぞれがフランツとユリアを抱き上げる。そして、何処かへ消えた。アロイスがそれを見て困惑しているにも関わらず、目を開いたゼノンは何処かへ歩き出す。
サンスーシー王国に通じる深い森には、夜でも月光が射す非常に明るい道があり、そこを進んで行く。すると、馬が途中で歩みを止める。何かに怯えている様子なので、アロイスも辺りを警戒した…正にその時。木が折れる音とガラスが割れる音が、背後から響く。青い顔になったアロイスが振り返った頃には、後ろに乗っていたフランツとユリアは無惨な姿に…………。
「貴様!」
その犯人は、人間の姿をしているが…真っ赤に血走った目は、明らかに常人でない事を示している。それでも、怒りに支配されたアロイスは、護身用に差して来た剣を抜く。それを見た犯人は、彼女にも襲い掛かった。しかし、怒りで感覚が研ぎ澄まされていたのか、一太刀でその犯人を切り伏せてしまう。腹から黒い血を吹き出す犯人は、黒い霧となって、夜の空へ溶けて行く。如何にも気味の悪い現象だが、消えたモノに構っている余裕は、アロイスにはなかった。
血溜まりに伏したフランツとユリアに声を掛ける。が、返事はない。体も冷たくなっていた。もうどうする事も出来ない。それを、頭は十分に理解しているのだが……心が飲み込めなかった。そんな彼女の前に顕れたのが、魔王ゼノン。彼の提示した、妻となる条件を了解すると……彼女の左手薬指に、茨が絡んだような刺青が浮かぶ。ゼノン曰く、契約完了の証らしい。
「では。死者たちよ、我が契約者、我が妻の意に従い、今一度目覚めよ」
二人の体の上で、ゼノンが黒い爪の生えた指を一振りすると、地面に広がっていた多量の血液が持ち主の中へ戻っていく。夢でも見ているのかと、アロイスは思わず瞼を擦ったが、二人の顔に精気が戻っているのを見て、現実でなければならないと思い直す。そんな彼女を、ゼノンはひょいと抱き上げた。所謂、お姫さま抱っこである。
「な、何をするんだ」
ここで漸く、アロイスは自分が女性として扱われる事態を受け入れ、混乱した。国中の人間が男性と錯覚する自分が、本来は女であると何故分かったのかと言う疑問が頭蓋骨の中を駆け巡っていく。そんな彼女を見て、ゼノンは笑う。
「貴様の望みが成就した以上、貴様は俺の妻だ。一緒に来て貰おう」
「しかし、彼らは……」
生き返ったフランツとユリアであるが…気を失っている。このまま放置すれば、先程のようなモノに襲われかねない。
「案ずるには及ばない。部下どもに隣国まで送らせよう」
ゼノン目を伏せると男女の悪魔がどこからともなく顕れ、それぞれがフランツとユリアを抱き上げる。そして、何処かへ消えた。アロイスがそれを見て困惑しているにも関わらず、目を開いたゼノンは何処かへ歩き出す。
