ルーネンベルク伯アロイス。彼女が男性として生きる羽目になったのは…祖母と父の言い争いが原因であった。
祖母は公爵家、即ち、王家の親類である。故に自分の息子にも自分と同等程度の妻を用意するつもりであったらしい。しかし、父はメイドの娘と恋に落ち、あろう事か妊娠させてしまう。この時の胎児が、アロイスである。自分の息子を誑かす不埒な召使いを叩き出そうとした祖母であるが、父はそんな事をしたら出て行ってやると脅す。唯一の跡取りである父に出て行かれては困る為、祖母は「生まれて子供が男の子であったならば、結婚を許す」と譲歩した。だが、生まれて来た子供は女の子…おまけに母は出産のショックで死んでしまう。このままでは、乳飲み子一人が叩き出される。それを何とか防ぎたい父は、友人のリリエンタール伯に頼み、同日に生まれてたばかりの赤ん坊…フランツを借り受け、祖母に見せた。その赤ん坊が自分の孫だと信じて疑わなかった為、一先ず、追い出されずに済む。しかし、アロイスは男の子として育てられる事になってしまう。
 それから、十六年。三十八歳の若さで亡くなった父の後を継ぎ、彼女はルーネンベルク伯爵となった。その祝いの為、ルーネンベルクの館で舞踏会が開かれる。美の女神が産んだ最高傑作の呼び声高い美少年を一目見ようと、老若男女問わず、様々な人が集まった。宵闇よりも漆黒の髪と晴天よりも青い瞳、そして、芸術家が削り出した石膏像よりも白く端正な顔立ち。花も蝶も裸足で逃げ出さんばかりの美しさに引き付けられ、彼女の周りには多くの女性が群がる。しかし、彼女は……女性である事が知れては拙い為、余り人とは関わり合いたくない。生来の優しさと父に叩き込まれた紳士道のお陰で強く出られない彼女を救ったのは、一足先にリリエンタール伯を継いでいる…フランツだった。
「ちょっと、仕事の話があってね。借りるよ」
 彼自身、美男子であったお陰だろうか、女性の扱いに長けており…誰一人、不快な思いをさせる事なく、アロイスを隣室へと連れ出す。
「ありがとう」
「おいおい、そこは折角イイトコだったのにって腹を立てる所じゃないのか」
「僕は、君と違って女性に慣れていなくてね」
 父親同士が親友であったお陰で、二人も幼馴染みとして親交を温めて来た。しかし一方で、女を捨て切れずにいるアロイスは、子供の頃から何かと気を回してくれたフランツを密かに慕っている。
「なあ、親友。俺の一生の頼み、聞いてくれないか?」
 フランツがそう言って連れて来たのは、可愛らしい少女だった。騎士、フランベルク卿の娘と記憶している。その少女の肩を抱き寄せるフランツを見て、彼の頼みたい事が分かってしまったアロイスは、泣きそうになるのを必死で堪えた。
「ああ、勿論だ」
「そう言ってくれると思った。ありがとうな」
 十数年、共に過ごして来て、ついぞ女性と気付かれる事すらなく…アロイスの初恋は終わりを告げる。