「何故、こんな事に……誰か、誰でもいい……助けて」
 彼、もとい、彼女…アロイス・フォン・ルーネンベルクは、地の海に伏す男女─親友であったリリエンタール伯フランツとその恋人、ユリア─の姿を前に、泣き崩れていた。思えば、こんな風に、何かに縋ったのは生まれて初めてかも知れない。今まで築いて来た矜持も仮面もかなぐり捨てる彼女を見付けたのは、人ならざるモノ──。
「そこな小娘。そう悲嘆するでない。我がここへ顕れたからには、あらゆる望みも思うままぞ」
 銀色の長髪、赤い瞳……そして、捻れた大きな角。一見すると十代半ばの少年だが、シェーンブルン王国の伝承にある、魔物どもの王ゼノンそのものである。契約すれば、あらゆる願望を成就すると言う。しかし、その対価として、死後には彼の奴隷として永遠に奉仕させられるらしい。
「死者を、蘇らせる事もか?」
 生まれて初めて女扱いされ、驚く事も喜ぶ事もないほど切羽詰った彼女は、自らを魔王と名乗る男にすがりつく。
「ふん。居眠りをしながらでも、造作ない」
「では、彼らを生き返らせてくれ」
 アロイスが指す二人を見て、ゼノンは高笑いする。
「恋い慕う男のみならず、その男が惚れた女まで助けると言うか。奇妙な女よ。良いのか?死した後は、永遠に我が虜となるのだ。貴様にとってそれほどの価値を持つ女か?」
 明らかに自分を嘲笑するゼノンに対し、アロイスは毅然とした態度で反論する。
「ああ、勿論だ」
「面白い!良いだろう。貴様の望みは、このゼノンが叶えてやろう。但し、貴様には他の人間とは違う対価を払って貰う」
「何でもいいさ。二人を救えるならば」
「では、貴様は……我が妻となれ」