アロイスの朝は早い。領民よりやや遅いが、しかし、貴族としてはかなり早い方である。
朝食は、茹でたじゃがいも、キャベツの漬け物、豆のスープと言った簡単かつ栄養価の高いものを。食事が終わると、領内を散策して領民たちから意見を聞く。
昼食は、やや多めに。茹で野菜のサラダ、ゆで卵、茹でたソーセージ、薄く切ったチーズそして、パン。午後からは、各種書類整理や近隣の地域を治める貴族たちとの懇談会など、予定が詰まっているからだ。
仕事が終わり、パーティーなどに誘われていなければ、少しの野菜と魚料理を食べ、暖かい牛乳を飲んで眠る。
 彼女がもてはやされたのは、伯爵になって半月ほどだけだった。パーティーに誘われる数も減っている。常に新しい暇潰しを求める、貴族の若い娘たちにとって、顔がいいだけの田舎貴族など、真新しいだけのおもちゃにすぎない。しかし、勤勉に貴族としての義務を果たす彼女にとっては、そちらの方がよほど有難かった。ルーネンベルク領は、シェーンブルン王国最北端であり、土壌も固く、豊かとは言い難い風土の為、領民が抱える問題は多い。それを解決する為の時間を長く取れる方が、彼女にとっては嬉しい事……なのだが。
「こんな人生で、君は楽しいのかね」
 ルーネンベルク領を視察に来た宰相、ポーラルシュテルン侯爵はそう言う。宰相がアロイスを訪ねたのは、貴族たちの税金未納問題を解決する糸口を探す為だった。シェーンブルンの法律では、貴族は領民から支払われた税金の三割を国に納める事になっている。しかし、最近…きちんと税金を納めない貴族が増えているらしい。そこで、毎月の税金を確かに収めているアロイスの生活を見れば、妙案が浮かぶと思ったようだ。
「ルーネンベルク家は代々、この暮らしを守っています」
 どちらかというと平民に近い暮らしぶりなので、感心する所か不愉快に思ったようだ。しかし、アロイスは子供の頃から同じ生活の為、貴族らしからぬと言う自覚はありながらも、特に窮屈さなどは感じない。宰相としては、アロイスの生活リズムを理想モデルとして宣伝し、他の貴族に同じ生活をさせる事で、本来、国へ納めるべき税金を無駄使いさせないと言う腹積もりだったのだろう。アテが完全に外れたと言わんばかりの顔で、秘書と共に帰って行った。

「今日、そんな事があってね」
 流石のアロイスもたまらず、宰相を見送った直後、書斎に入った彼女はゼノンから贈られた手鏡にすがりつく。ここに、当主以外の人間が立ち入る事は、決してない。その為、ゆっくりとくつろぐ事が出来る。そこで、ゼノンに先程の話をした。
「それは、災難だったね」