その翌朝。いつもの三つ揃いに着替えたアロイスは朝食を摂った後、すぐに、テオドールと仲間たちが組織した自警団の事務所へ向かい、領民に自分の考えた作戦を伝える。しかし、誰もいい顔はしない。真っ先に、異論を唱えたのは、やはりと言えばやはり…テオドールだった。
「悪くはないですけどね。何で、あんたが女装するんです?」
「万が一があってはならない。僕ならば、己の身は守れる上に、昔から女顔で通っている。遠くを歩いて見せるだけならば、そう問題にはならないだろう」
 冷静に切り返して見せたアロイスだったが、領民たちは次々に反論意見を投げて来る。
「いけません。もしも、アロイス様に万が一があれば、我々は、先代に顔向けが出来ません」
「それに、身を守れる女なんて幾らでもいます。ハイディなんてどうです?」
「私は、構わないわよ」
 ハイディは、領内一の美女と名高い。彼女が扮装すれば、より幻想的で説得力のあるヘルセレニアになれるだろう。誰もがそう思う中、アロイスはそれに難色を示す。
「僕は反対だ」
「何でです?あんたがやるより、本物に近いってのに」
 皮肉混じりのテオドールに、アロイスは真っ向から反対した。
「駄目だ。彼女の家は、酒場だろう?連中も客として訪れる。その時、「もしやお前が変装して、我々を騙したのか」なんて事になれば大変だ」
「そりゃあ、そうかも知れないけど、上手くやれば…」
「気付かれた時に、向こうが強く出られる相手じゃあ駄目なんだ。もしも、領民を危険に晒したと分かれば、僕の方が父上からお叱りを受けてしまう。そこへ行くと僕は、男だ。貴族の人間が、「女装した男を女神と見間違えた」なんて、言うはずない」
「それは、あんたの女装の出来に掛かって来ますよ?」
「それならば、心配いらない」
 アロイスは元々が女だ。アンヌに頼んで作って貰った神代風の衣装を身に着ければ、既に女神らしい雰囲気が出る。糸紡ぎの達人であるクララや理容師のハイドリヒの腕を借りて作ったカツラをかぶれば、誰もが拍手するような、ヘルセレニアになっていた。本物とあった事のあるアロイスは一人だけ、もっと可愛らしいがねと苦笑する。
「あんた、もしかして……こう言う格好、慣れてる」
 そんな彼女をまじまじと見詰めながら、テオドールはそんな事を言う。
「まさ、まさかー」
 彼としては、女装趣味を疑っての発言だったが…日の半分を女性として生きる彼女にしてみれば、心臓に優しくない質問だ