生来、勤勉な性格であるアロイスは、一週間もすると、伯爵の仕事も女王の仕事も随分と卒なくこなせるようになった。
その間に行った仕事で、彼女に最も衝撃を与えたのは…猟師たちの悲痛な訴えである。彼らは、森の女神ウルフィニアの熱心な信徒で、森の生活を脅かす真似は決してせず、狩りも自分たちが生きる為に必要な最低限度の動物しか採らない。普段食べる肉や冬に着る服の材料として捕らえた獲物にも、祈りを捧げる。この世全てに生きる生命は、世界と言う生命が生きる為に巡る血液であり、人間もその一部でしかない。ならば、共に世界を支える同胞に対して、敬意がなければならない。彼らはそう語る。
ルーネンベルク領内の森は、国から指定を受けたスポーツ・ハンティング用地ではあるが、法に則りルールはルーネンベルク側で決めた。まず、そこで猟をしてはいけない禁猟区画を、猟師の意見を元に設定。捕らえて良い頭数も、種類や季節毎に決めてある。しかし、守っていない人間は少なくないようだ。そして、その多くが貴族の跡取りであり…中には、昔、アロイスをいじめていた学友たちも。
 一先ず、テオドールたちに巡回を頼み、違反者にはアロイス・フォン・ルーネンベルクの署名が入った書類を渡して注意する事にしたが、余り効果がない。困ったアロイスは、夜、魔界へ行った際、ゼノンに相談する。
「ルールやマナーをどんなに広めても、守る気がない人はそもそも知ろうとしないからね」
「それでも、守って貰わなければ困る」
「だから、そう言う人間がルールを守りたくなるように仕向けるのさ」
 それを聞いたアロイスに名案が降りて来た。まず、ヘルセレニアの元へ許可を取りに行く。
「一体どう言うつもりだ」
「禁猟エリアに立ち入りたくなくなるように仕向けるのです」
 彼女の作戦は、単純明快。冥府の女王であるヘルセレニアは、生者の守護者たるソラウスを信奉する傾向が根強いシェーンブルンでは畏怖の対象である。その格好をしたアロイスが、禁猟区域を歩き回る事でそこに近寄りたいと言う気持ちを奪う。
「まーいいけどよ。お前の旦那に頼んで、うろうろさせてもいいだろ。魔王ゼノンの伝承だってそこそこ有名なんだ」
「なるべく、彼や魔界の者の力は借りたくありません。これは、ルーネンベルク領内における平和を維持する義務を負った、僕の仕事です」
「分かったよ。オレの姿くらいなら、好きに使っていいぜ」
「有難うございます」