シェーンブルンには、一人の家庭教師の下に複数の子供たちを付けて社交性を学ばせる習慣がある。アロイスがフランツと出会ったのも、そのレッスンだった。二人がきっかり六歳の頃。同じ教師に師事する子供たちが、初めて集まった日から、彼女は「女のようだ」とからかわれた。本当は女であると暴露出来たらどんなに楽か。真実がうっかり零れてしまわぬよう、彼女は毎日、下唇を噛み締めて耐えた。
そんなある日。みんなで乗馬をする事になっていた為、全員で厩舎へ向かう。その道中、フランツは苦しそうな咳をしながら道端にしゃがみこむ。教師でさえも、それに気付かず…どんどんと進んでいく。ついて行かなければ、自分も怒られる事は分かっていた。しかし、放っておく事も出来ない為、彼女も立ち止まり…彼の背中を優しく撫でる。しばらくそうしていると、徐々に彼の咳はおさまっていく。
「ありがとう…」
「礼を言われる事ではないよ。それよりも、今日は遠乗りだ。体調が優れないのであれば帰って休んだ方がいいと思う。先生には、僕が話しておくから」
「ううん、大丈夫」
「本当に?」
「うん、へ…ゴホゴホ」
「ああっ、やっぱり駄目じゃないか。ほら、僕につかまって」
「ううん、平気。ありがとう」
 結局、彼は体調を考慮して、帰宅した。次に会った際、体調について尋ねてみた所…素っ気ない態度を取られた事は気になったが、快復したようだったので、良しとする。そして、これ以降…二人は時折、行動を共にするようになった。本人に未だ自覚がなかっただけで、彼女は既に恋心を抱いていたのだろう。彼と一緒にいる時は、いつも以上に「女のようだ」とからかわれたから。恋する少女らしい表情が抑え切れていなかったのかも知れない。
何時からか、それはいじめに変わっていた。後ろから水たまりに突き飛ばされ、持ち物を川へ投げ捨てられ、酷い言葉を投げ付けられる。本当は女だと叫んでしまわないよう、唇を噛み締めて耐える彼女に代わり、彼がいじめっ子に立ち向かう。それがいけなかったのか?いじめは更に激しくなった。ある時…いじめっ子の一人に、女性には最上級の侮辱になる言葉を投げ付けられる。本人は、「女のようだ。それも価値の低い」と言うような意味で発したのだろうが…本当に女である彼女の胸には、深い傷を刻む。必死に泣くものかと堪える彼女の隣で、彼が激昴した。
「それでも、貴族の男か。恥を知れ!」
 叫び声と同時に、彼が殴ったいじめっ子は、同じくらいの子供の殴られたとは思えない勢いで、民家の壁に激突。いじめっ子は肋骨を折る大怪我を追う。以降…彼は、他の子供たちに恐れられる。大人までもが、彼は暴力的な子供だと噂した。その為に、以降の彼は…ある時は苛立った様子を見せ、別の時には負のオーラが見えそうなほど落ち込む。そんな彼を、彼女は見て居られない。何とか、言葉と声を絞り出す。
「ありがとう。他の誰が何と言おうと、君の行いは正当だった。僕がどんな事をしても証明して見せるから、だから安心して欲しい」
 それを聞いた彼の…嬉しそうでありながら、今にも泣き出しそうな笑みを見た時…彼女はようやく、自分の感情を自覚した。